第四十九話『見つかった太古の壺-Wishes Lamp-』

 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気をたたえる、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

「しかし、うちの店にこんな、単純に考古学的な価値がありそうな代物が来るとは思いませんでした……」

「ええ、その壺は気を付けて運んでくださいな」

 店の中では、どことなく刃物の様な印象の詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年が慎重に一抱え程のサイズの壺を慎重に運んでおり、かざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主が、言葉とは裏腹うらはら露程つゆほども心配でなさそうに彼を見ていた。

 店内に並んでいる商品の大半は手のひらサイズの小物ばかりで、従業員の青年が言う様に目に見えて古びている商品は全く無かった。

「これでよし……と」

「ご苦労様。カナエが来てくれてから、このお店は大分素敵になったわね」

「やめてくださいよ、そんなお世辞……ところで、この壺って何かすごいいわれとかあるんですか?」

 従業員の青年は耳を真っ赤にさせながら、話題を切り替えた。それに対し、店主の女性はおかしそうにクスクス笑いをしながら答えた。

「ええ、それは何とか言う大学の偉い先生曰く、六百年前の中東の壺だそうよ」

「六百年前……ですか? すごい物だと思いますけど、それがなんでうちに?」

 従業員の青年は首を傾げた。何せこの店はおまじないの品々を扱う小間物屋で、この壺は小間物とは言いがたいし、おなじないの品と呼ぶには違和感いわかんがある。

「それがね、この壺は六百年前の物だと判明したのだけれども、様式は二千四百年前の物と同じらしいのよ。いわゆる一種のルネッサンスって奴かしら?」

「そうなのですか」

 従業員の青年は店主の女性の言う事がよく分からなかったが、何となくすごそうだと思って相槌あいづちを打った。

 その壺は古代ローマ調の作りで、側面には巫女と神と狼と国王が描かれており、見る人が見ればどの様な物か分かる物だったが、彼には雰囲気を感じ取る事しか出来ない。

「だけどね、本当にすごいのはこれからだったの。私が見たところ、あの壺はだと確信したわ。私はこの壺を無理言ってゆずってもらう事にしたの」

 そう語る店主の女性はとでも言うべきか、突如灯が点った様な調子を見せた。

「……本物って何ですか?」

「壺の魔人まじん。あの壺は、いわゆる霊的存在が封印されているものだったわ」

 店主の女性は悦に入って語り、目には爛々らんらんと光が宿っていた。

「壺の魔人って、何でも願いを叶えてくれるとか、そう言うソレですか?」

 店主の女性の言葉を聞いた従業員の青年の関心は、彼女の話と壺に完全に移った。

 何せ彼女は彼を揶揄からかう事こそあれど、彼に対して真っ赤なうそを吐く事は無かった。

 彼の目は俗欲で染まり、もしも自分が願いを叶えてもらう事が出来るなば……と言う妄想に囚われていた。

 その矢先、店主の女性は手元で手慰てなぐさみがてら触っていたテープの様な物を従業員の青年に見せた。

「アイネさん、それは何ですか?」

「これね、壺の封印をしていたらしいお札。これを剥がしたから、もう魔人は壺の中に居ません。カナエが何を考えていたかは知らないけれど、それは次の機会きかいってところね」

 従業員の青年は、自分の考えが見透かされた気がして二度顔を赤くした。

「えっと、アイネさんはその魔人にあったんですよね? 魔人に何か願いを叶えてもらったりしたんですか?」

「それがね、老衰していたわ」

「なんて?」

 店主の女性の思いもよらぬ言葉に、従業員の青年は絶句した。何せ壺の魔人が老衰していたと聞こえたのだ。そもそも魔人は老いたり死んだりするものなのか? 彼はひどく困惑した。

「それがね、壺の中に数百年ずーーーーーっと一人で居たらしいの。耳が遠くなってて、喋り方も忘れていて、しかも隙間風が入って来たと思ったらどこかへ霧散むさんしてしまったわ」

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