第五話『ギルガメッシュ大王の帰還-Mermaid Ragout-』

「畜生、また贋物がんぶつだ!」

 何が若返りの海藻かいそうだ、ただのミネラル豊富な水草ではないか。実際問題、普通に売っている海藻に不老不死の力なんてある訳無いだろうが、夢の一つや二つ見せてくれてもいいじゃないか。

「クソ忌々いまいましい誇大広告こだいこうこくめ、通報してやるから覚悟していろ!」

 そう吐き捨てて、鏡を見る。心なしかしわが減った様な気がする。この趣味を始めてからうれいやいきどおりは増えたが、結果として心労は減ったのかも知れない。いい傾向だ。

 しかし私の趣味は、満足が行く物には中々辿り着かない。

 無論、正真正銘しょうしんしょうめい本物の不老不死なんて物は信じていないが、これは私にとっては一生を捧げる研究テーマと言っても過言ではない。

 ここ、私の部屋には陸海空の不老不死の研究がぎっしりと詰まっている。

 水槽すいそうで飼っているペットはベニクラゲだ。疑似的な不老不死として知られている生物で、寿命を迎えると幼生の様な姿に戻り、老衰ろうすいで死に至る事は無い。無論、捕食された場合は消化される為、お得意の不老も何の意味もない。

 壁に飾ってある美術品に見える剣は、帯刀者たいとうしゃを不老不死にする剣―アゾットのレプリカ。何でも本物のアゾットと全く同じ構造をしているレプリカだが、アゾットを不老不死の剣足らしめる心臓機関しんぞうきかんが無く、いわばモーターの無い機械らしい。バカじゃなかろうか。

 あっちにある鉢植えになっているのは、小型化したリンゴの木で、成っているのは英雄や各国の軍が追い求めたと言うヘスペリデスの黄金リンゴ。うん、どう見ても金色ではなく、黄色だ。おのれ。

 あちらこちらにファイリングされた記述は、不老不死の飲み物ないし薬の製造法。竜の骨だの月の石だの千年間練り続けるだの不可能な事が書いてあったり、水銀を材料にするだの大陸中の毒虫を煮詰めるだの体に悪そうな事ばかり書いてある。アホか。

 あとは直接的なテーマから外れるが、丑三うしみつ時にのぞき込むと今際の際の死に様の顔が映る合わせ鏡なる物もある。この鏡に映った人間は文字通り死ぬ瞬間を見る為、心理的外傷やストレス障害を負う事になり、絶対に使ってはいけないと言われている。だがしかし真実はなんて事は無い、丑三つ時に覗き込んでも姿。何が今際の際だ、ピンピン生きているじゃないか、馬鹿馬鹿しい!

 ただ一つ、ある伝手から評判の良い店で買った、とっておきの品がある。何でもその店長は本物の魔女で、よくあたる占いや曰くアリの商品を生業なりわいにしているとかで、客が言う事には、あそこの品物はどれも本物らしい。

 それこそが私のとっておきだ。店で目にした時は普通の切り身にしか見えなかったが、ある事情で横流しして店に並べたと言う、食すと不老不死になる人魚の肉らしい。

 真偽はともかく、その人魚の肉とやらは今、この部屋の冷蔵庫に大事に保管してある。

 無論、他の品々と同じで、精々体に良いとか、口にするとしないでは寿命が変わるスーパーフード程度の代物だろう。今からどう調理するか楽しみで胸が躍る。

 そう思いながら、部屋の小型冷蔵庫を開けると、なんと人魚の肉が無い!

 一体どこへ失せたんだ? 物盗りの仕業ならば、高価そうな外見の模造剣でも盗って行くだろう。そしてこの部屋に入るのは、部外者を除けば妻だけだ。

「なあお前、私の部屋の冷蔵庫にあった切り身を知らないか? あの赤い奴」

「あら、あの鮭の切り身の事? 使っていいか聞いたら、ああ。って言ったじゃない。昨日煮つけにして二人で食べたのがあれよ」

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