第三十話『金の生る木-The Apples of the Sun-』

 壁面にツタが這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中では、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主が居て、何やら水や肥料ひりょう植木鉢うえきばちの世話をしていた。

 そんな中、扉を開ける音と、扉に取り付けられた鈴の音が客の到来を告げた。

「あら、こんにちは」

 店主の女性が挨拶あいさつをするも、店を訪れた客の男性の目はある物に釘付けになった。店主の女性が、今まさに世話をしていた植木鉢の植物だ。

「素晴らしい……その植物はなんて名前ですか? どう言う性質で、どんな植物なんですか?」

 客の男性がひどおどろいたような、恍惚こうこつした様な様子で観葉植物を見つめている。

 その植物はごく普通の植木鉢に収まった、ある一点を除けばよくあるごく普通の観葉植物に見えた。

 ただ一点、普通の観葉植物と異なる点は葉っぱが金色で金属光沢を放っており、まるで純金で出来ているかの様に見える事だ。

「この植物かしら? これは私と私の知人とで品種改良をした観葉植物で、そうね……ミダスの葉とでも呼ぼうかしら?」

「ミダスの葉ですか、見事な物ですね。この様な色に品種改良をしただなんて、大変な苦労だったでしょう」

 客の男性は観葉植物をマジマジと穴が開きそうに凝視ぎょうししつつ、そう言った。しかし店主の女性はクスクスとおかしそうに笑って返した。

「いいえ、それは違うわ。それは色が着いているんじゃなくて、金で出来た葉っぱを形成しているの」

 店主の女性の言葉に、客の男性は驚くやら納得するなりだった。

 何せどっからどう見ても本物の金、百歩ゆずって金メッキにしか見えない葉っぱなのだ。驚きつつも、合点がいったと言う様相で感心した。

「これは本物の金なのですか……? これは私が育てても、同じように純金の葉っぱをつけるのですか?」

「ええ、もしよろしければ種をゆずりましょうか?」

「えっ?」

 店主の女性の思わぬ言葉に、客の男性は心底驚いた。

 何せ彼はこの植物を育てれば幾らの額になるのかと、頭の中で計算をしていたのだ。

 実は彼は仕事で貴金属を扱っており、純金と真鍮しんちゅう、もしくは純金と黄鉄や黄銅を見分けるだけの選球眼せんきゅうがんを持っていた。

 そんな彼だからこそ、この不思議な植物の葉っぱが本物の金であると見抜いていたのである。

「本当によろしいのですか? しかしこの様な、文字通りの金の生る木、お高いのではないでしょうか?」

「いいえ。この植物は育てれば種をつけるし、そもそも私もさる伝手つてから譲り受けたものですから……そうですね、これくらいの値段でいかがかしら?」

 そう言って電卓を叩く店主の女性が示した額は、一般的な園芸店のありふれた種子と比べて法外に高いが、彼には何とか払える範疇の金額。

 更に気が早い事に、電卓を持つ手には、まるで勝利を確信した押し売りの様に、同時に植物の種子がいくつか入ったふくろが握られていた。


 * * * 


「そんな事が有ったの。私からしたら、あの植木は観賞用に過ぎない物だからビックリしてしまったわ」

 閑古鳥かんこどりが鳴く店の中、店主の女性と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

 店主の女性はひまそうにレジカウンターの裏に設置された椅子いすに座っており、従業員の青年は店内の掃除をしながら閑話かんわに興じている。

「ふーん……一つ分からない事が有るんですが、なんでアイネさんはその植物を観葉植物って呼んでいるんですか? 普通に考えて本物の純金が生じるならば、鉱業とでも呼ぶべきじゃないんですか?」

「ああ、それはね、観葉植物は観葉植物に過ぎないからよ。その植物の葉っぱは確かに純金を葉っぱの表面につけるけれど、それはうすい薄い金メッキに過ぎないわ。私は工業的なお話は分からないけれど、多分この葉っぱ全部使っても金を使ったチップ一枚も作れないんじゃないかしら? これは確かな事だけど、採れる金の値段より水と肥料の方がお金がかかる筈よ」

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