第二十三話『ヴィヴィアンからのラブレター-rouser-』

 壁面にツタが這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこか刃物の様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

ひまね」

「暇ですね」

 店内は閑古鳥かんこどりが鳴いており、青年が店番をしている一方で、女店主はひまそうに手慰てなぐさみするかの様に指を動かしながら、口笛くちぶえいている。

 そして今、店の中央には並々と水の入った水槽すいそうき身の騎兵用刀剣が安置されてふたがしてあった。

「しかしアイネさん、よくもまあポンポンと不思議な商品を入荷しますね。俺は店内のあの水槽があった時、目を疑ったと言いますか、早く誰かが俺と同じ目にって驚きを共有したい気持ちですよ」

 青年の言葉を聞き、愛音と呼ばれた女店主は楽しそうにほおゆるませる。

「ふふ、それに関してはさっきまで私もカナエと同じ気持ちでした。『これは果たして何だ? 合金製の剣か何かだろうか?』って顔をしてるのを見るのは楽しかったわ」

「この店の商品には慣れた積もりですが、まさか小物屋で本物の剣が、それも水槽に入った状態で売っているとは思いませんでしたよ。でもあの大きさの水槽を引っ張り出すのは大変だったでしょう? 俺が居る時に言ってくれれば手伝ったのに……」

 半ば不満そう、半ば気恥しそうな顔でそう言った青年だが、その顔はこの後豆鉄砲を喰らったはとの様になる。

「ああ、それはいけないわ。あの剣は淡水たんすいの中でびない剣って説明したけど、それは厳密には違うの。あの剣は端折はしょって言うと呪われているわ」

「え?」

「あの剣は手に持つと、自分の事を何でも出来るし許される王様だと思い込む呪われた剣なの。しかもさやも無いから納刀のうとうする事も出来ないし、その人はずっと気が大きくなって剣で何かをしてしまいたいって欲求を抱いたままになるわ。職人さんが忘れちゃったのかしらね? 全く、鞘が無い剣なんてポンコツみたいな物だって言うのに……」

 青年の脳裏には様々な疑問が浮かび、それは表情に出た。そして彼はその疑問を正直に口にした。

「えっと、愛音さんはそれを握って水槽に入れたんですか?」

 青年の質問に、女店主はニマニマと目を細めながら返す。

「いいえ、そんなまさか! そんな事をしたら、大変な事になるわ! そうね、カナエはテロリストが学校の教室に押しよせて来る妄想もうそうとかした事あるかしら?」

「無いです」

「大体そんな感じになるわ。ちょっとそこらの中学校に抜き身の剣を持ったまま入ってみようかしら? とか考えて実行してしまうかも知れないわね……そして、実はこんな時のために、種も仕掛けも無い、単純な秘密兵器があるの」

 女店主はそう言って、水槽の裏に立てかけてあった、人の手を模したタイプの形状のマジックハンドを青年に見せた。

「そんなトンチみたいなやり方で通用するのですか、その魔剣……ところでそんな危険な魔剣だったら売るのも大変なのでは?」

「ええ、これは危険な商品だと私も思っているわ。もしもこの剣をダメにしたいのならば、それこそ淡水じゃなくて海水にしずめればもう二度と使えなくなるでしょうね……」

 そう言う女店主の顔は退屈たいくつそうで、それでいて哀愁あいしゅうの念がこもっていた。

 まるで、水槽の中に沈んでいる剣に感情移入しているかの様な様相だ。

「でもね、私はこの剣を欲しがっている人に適切な値段で売りたいの。それがうちのモットー! それにね……」

「それに、なんですか?」

「この剣を作った人は、ずっと待っているんだと思うの。抜き身の剣って言うじゃじゃ馬を乗りこなせる、ほこを収める事も無く事態を鎮圧ちんあつ出来る理想の剣の王様を。だから鞘って言う安全装置を最初から作らなかったんじゃないかしら?」

 女店主は水槽の中を見ながら遠い目をして、そう言った。

 悲しい物を見る様な、希望に満ちた明日が必ずやって来ると言う確信を抱いたような、そんな複雑な目だ。

「そうですかね? 俺には鞘の無い呪いの剣なんて、持ち主を破滅させるのが楽しみで、そう言う目的で作られた様に思えますが……」

「あら、じゃあけでもしない? そうね、コインを投げて決めましょう。私が裏、カナエが表で」

 そう言って女店主は白銀しろがね色のコインを指ではじいた。そして、

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