第五十一話『理想のお城-never completion-』

 壁面へきめんつるった、どことなく幻想的な雰囲気がする、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店内には、かざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿ですみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な店主と、どことなく満たされない雰囲気の男声客とが居た。

 男性客はある商品が目につき、これを手に取っている所であった。

「これはなつかしい。確か、似た様な物を昔買っていたな……」

 そう口の中で声に出さずに言ったが、目は口ほどに言う物。店主の女性にはその心境が筒抜けだった。

「そのお城が欲しいのですか?」

「お城? ああ、これは城のジオラマなのですか」

 男性客が見ていた商品は豪奢ごうしゃな部屋の内装が描かれた箱で、デカデカと『月間、理想の居城を創る』と描かれていた。

 男性客は以前これと似た様な付録付き雑誌ざっし書店しょてん購入こうにゅうしており、城であったり遊園地ゆうえんちだったり戦艦せんかんであったりのジオラマが家には飾ってあった。

「いいえ、それは城のジオラマではありません。それはそうね……家具やリフォームの読み物と材料が入っている書籍しょせきです。だから、それを購入し続けていくと、文字通りあなたのお住まいが理想の城となると言うです」

 なるほど、男性客はこの手の付録付き雑誌が好みで、店主の女性のセールストークは魅力的に感じられた。

 今、目の前にある号には部屋の中に玉座の様なデザインの座椅子が描かれており、恐らく箱の中には組み立てられる前の座椅子、そして座椅子にまつわる読み物が入っているのだろうと思われた。

「気に入った! とりあえず、これを一号頂きます」


 男性客は家に帰って箱を開けた。

 すると目測通り、中には椅子の材料が入っており、これを組み立てるとそれは座り心地の良い座椅子になった。

 素材は寄木の様になっており、特別な道具は必要無いし、バーナーや薬剤等も必要無かった。

 普通の人なら、椅子をゼロから組み立てるなんて事をヘロヘロになったり、或いはこの様な雑誌はもう二度とゴメンだと言うだろう。

 しかし彼は昔から組み立てやシミュレータが好むところだった。

 幼少の頃は積み木で遊ぶ事を好み、子供の頃はアクションゲームよりもキャラクターメイクのあるロールプレイングゲームを好んだ。

 仲間内で短編たんぺんのゲームを作って公開して遊ぶ事もあり、そして熱中ねっちゅうし易い性質であって挫折ざせつや断念を知らなかった。

「しかしなんて満足の行く椅子だ! こうなって来ると、俄然がぜん椅子以外も欲しくなって来たぞ! これはいい買い物をした、この雑誌を定期購読しなくては!」


 それからと言う物、男性客は小間物屋で『月間、理想の居城を創る』を買う事が月に一度の楽しみになった。

 ある時は部屋にマッチした、丈夫な折り畳み式のちゃぶ台。

 またある時は、肘を置くと姿勢が楽になる脇息きょうそく

 またある時は、ビクトリア朝を思わせるデザインの電気仕掛けの燭台しょくだい

 またある時は、姿見付きのドレッサー……どれも組み立てられていないのだから割安で、男性客の部屋は月が変わる毎に豪華になっていった。

 結果、今や彼の住まいはちょっとした貴族趣味きぞくしゅみの様になっていた。

 しかし定期購読を続けているのは男性客の意志であり、つまりこの貴族趣味の家具や内装は彼の好みに合致していた事となる。

 しかし、彼のむねの内には一つの不満ふまんがあった。

「俺はこの家の王だ、王には王妃が居るべきではないのか?」

 その様な不満を抱くのだから、彼は無論婚活も行なう。

 しかし、彼と交際する女性は居なくもなかったが、いざ結婚となると彼とは趣味が合わずに破局してしまった。

 毎月日曜大工の様な事をする貴族趣味の男と言うと、一癖ひとくせある人間と言わざるを得ない。

 そんなこんなで、彼のこの不満は毎月新しい家具を組み立てる毎に、雪ダルマ式に肥大化していった。


 月が変わった頃の事。男性客は今月の『月間、理想の居城を創る』を買い求めに小物屋で行ったが、今月号の表紙には何やら畑にキャベツやタケノコが土に生えている絵が描かれていた。

(ふむ、今月の付録は家庭菜園のプランターか何かか?)

 男は特に深く考えずに『月間、理想の居城を創る』の今月号を購入した。

 しかし家に帰って男性客が『月間、理想の居城を創る』を読むと、これが意外、書いてあることは家具に関する豆知識や組み立て方ではなく、女性のエスコートの仕方や婚活に関する物。

 男性客は乱丁か何か、出版社のミスを疑った。

「何だこれは? 俺はインテリアを買い求めてこの雑誌を定期購読しているんだぞ!」

 事実『月間、理想の居城を創る』の今月号の付録は、組み立てるとささやかな大きさのプラスチックせいながらも陶器とうきの様な外見のプランターになった。

 しかも、ご丁寧ていねいな事に種も付属ふぞくして来た。

「まあいい。プランターに関する豆知識は読めなかったが、俺好みのデザインのプランターが出来上がった」

 男性客はプランターの出来に満足し、折角だからと種を植えて床に就いた。


 その翌日の事だった。

 男性客が眠っていると、プランターの中でキャベツがムクムクと早送り映像の様に大きくなっていった。

 そしてそのキャベツは意思を持つかのように男性客の方を向き、まるで花か口であるかの様に彼に向って開き、そして……


 * * * 


 ある場所に、雑誌の定期購読と日曜大工が趣味だった男声が居た。

 彼はかつて結婚相手を求めていたが、今ではすっかりと妻の尻にかれて大人しくしている。

 その昔趣味にしていた、雑誌の定期購読も今ではしていない。

 別に妻に物を捨てろだの、要らない物を買って来るなだのと叱られたり捨てられた訳では無い。

「いや、雑誌の事なら、もういいんです。あんなおっかない女王様、城に一人で充分ですからね……」

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