第五十二夜『死ぬまで完成しないパズル-rInfone-』
店内には、
女性客はこの小間物屋の外観に
女性客が眺める小間物屋の商品棚に並べられているのは、店の外観に相応しく素朴でどこか
ドライフラワー入りの手のひらサイズの小瓶、無記名のネームプレートを結んだミサンガ、陶器の様な
女性客は、このプラスチック製の歪な多面体に言葉にしにくい関心の様な物を覚えた。
この歪な多面体はどことなく、彼女が幼い頃よく遊んでいた正多面体のパズルに似ていた事も一因かも知れない。
幼少の頃の彼女は、よく正多面体パズルを使って犬やキリンを作った物だ。
「そのパズルが気になるかしら?」
そう言うのは、レジ台から女性客の方を見ていた店主。
「えっと……」
女性客は言葉に詰まった。別段万引きを考えていた訳では無く、もっと言うとどうしても欲しいと言う訳でも無い。
強いて言うなら
正直言って深く考える様な事では無いが、女学生の中では考えが浮かんでは消えた。
「そのパズル、欲しいのでしたら学生さんでも手が届くお値段にしておきますよ」
そう言って店主が口にした値段を、女性客は何かの聞き
何せ店主が口にした値段はワンコイン、彼女が幼少の頃に遊んでいた正多面体パズルよりずっと安い!
「えっと、考えておきます」
女学生は歪な多面体を買わずに店を後にした。
あれから女学生の頭の中では、何をするにしてもあの歪な多面体が脳裏をグルグルしていた。
今の時刻は昼休みで、すっかり昼食を食べ終わっていたのだが、学友達と談笑している最中も頭の中では例の多面体がちらちらぐるぐると頭の中で消えては現れ回っている。
「ところで
学友はそう言って、
それにはパズルゲームジャンルのソーシャルゲームが表示されていた。
女学生はそのパズルをクリアーした事を、先日ソーシャルネットサービスで報告したところだった。
「裏無量大数? すごいねー、私は表万をクリア出来ないよ」
学友達の言葉は彼女にとっては遠い昔の事の様な、
「ねえ、クリアの秘訣とかある? やっぱり課金でどうにかするとか?」
「いや、課金前提の考え方はしたくないと言うか……」
女学生は裏無量大数をクリアする為に大量のプレイ時間を投じたが、そもそも一つのパズルゲームに固執して大枚を
そんな事にお金を使うならば、パズルゲームにお金を使うにしてももっと別のパズルやパズルゲームでも買えば良い……
女学生は学友達と他愛の無い会話が出来ていた。しかし心ここにあらずで、その実心は件の多面体の所に有った。
「あら、いらっしゃい。何をお求めかしら?」
気が付くと、女学生の足は自然とあの小間物屋に向っていた。
「あの、私が昨日見ていた立体パズル、あれってまだ売ってますか?」
「ええ、ございますよ」
女学生の質問に対し、店主は
すると先日と全く変わらない様子で、歪な多面体がそこにあった。
「よかった、これ下さい! どうしても欲しいんです!」
「本当にそれが欲しいの?」
店主は昨日とは異なる、少々勿体ぶった様な
まるで女学生が
「何か問題でもあるのですか?」
女学生は少々イラついた様子を露にした。
「その立体パズルはね『死ぬまで完成しないパズル』なの」
「死ぬまで完成しないパズル、ですか?」
女学生はむしろこの言葉を聞いて、高揚感を覚えた。
何せ彼女は
「死ぬまで完成しなくても結構です。そのパズルを私に売って下さい」
「分かったわ、ではどうぞ」
店主は伝えるべき事は伝えたと言う事か、それ以上は渋ったり
値段は先日聞いた通り、
「す、すごい! このパズルはとんでもなくすごい!」
家に帰った女学生は、自室で多面体パズルをいじり始めた。
初めに分かった事だが、このパズルには説明書がついていない。
だから値段が安かったのかも知れないと、女学生は納得した。
第二に、このパズルは何を以て完成かはさておき、テキトーにいじっても相応の手応えが有った。
「そっか、このパズルはどうやっても
女学生はそう言いながら様々な試みをしていた。
今は何か正多面体に近い形状を作れないかと多面体パズルをいじくり回すが、多面体パズルはバクテリオファージの形状にこそなったが、やはり正多面体にはなってくれなかった。
それから女学生は
あと少しで正多面体や球が作れると思ったが、やっぱり余計なピースが収まらない。そんな事を
「ちょっと、大丈夫?目の下のクマとかすごいよ!」
余りのやつれ具合に、女学生の学友も心配そうな声を挙げた。
「うん、ちょっと今入れ込んでいるパズルがあって、ちょっとね……」
そんな調子で友達付き合いもせず、
学校の休み時間もいじっているし、家に帰ってからは多面体パズル以外の時間も無い。
「あとちょっと、何か一歩有ればこの『死ぬまで完成しないパズル』を完成出来るのに……」
相変わらず、女学生は多面体パズルに入れ込んでいた。
あと一歩で正多面体が完成する! と言うところでやっぱり完成しないのである。
その結果女学生はますます目の下のクマは
「ちょっと、聞いてる? と言うか大丈夫?」
「ごめん、後にして」
かつてパズルゲーム談義で花を咲かせていた学友とも二三言葉を交わす、いやそれ
「あんた、いい加減にしてよ!」
女学生の学友はそう言うと、多面体パズルを思いっきり叩き落とした。
すると多面体パズルは床にぶつかり、砕けてプラスチック片とジョイントの金具とに分かれてバラバラになってしまった。
その様を見た女学生は
「何してくれんの! あとちょっとで
「何言ってんの? あのパズルをやり始めてから、あんた明らかにおかしかったし、みんな心配してたのよ!」
女学生の叫びにも劣らぬ学友の怒号に、女学生は
自分の中ではあの『死ぬまで完成しないパズル』をクリアし、学友達の前でバラして組み立てるビジョンがあった。しかし、当の学友達にこうも叱られてしまっては本末転倒だ。
「ごめん、私が間違ってた……」
「いいの、それよりゴメンね。パズル壊しちゃって……何か私達で埋め直しするね?」
「うんう、大丈夫。それより新しく配信されたパズルって何かある? 最近パズルゲームもやってなくて……」
女学生と学友たちはすっかり仲直りし『死ぬまで完成しないパズル』の事はすっかり忘れた様に、まるで最初から存在しないかの様に仲直りしていた。
* * *
店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿で墨を垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どことなくナイフの様な印象の
「アイネさん、何かいい事でも有ったのですか?」
従業員の青年は、鼻歌を歌う店主の女性に質問を投げかけた。
「うーん、どちらかと言うと失敗かしら? でもね、失敗以上にいい事が有ったとでも言うべきでしょうか?」
店主の女性はそう言うと、鼻歌を歌いながら手慰めにプラスチック製の立体パズルを片手でいじくりまわしては、犬や蛇や魚などを作っていた。
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