第四十六話『レストランの幽霊- parloir-』

 すっかり陽が落ちた後の、真夜中の事だった。

 久しぶりに通った商店街で、何度か前を通り過ぎたけど遂に一度も入った事が無かったレストランが閉業していた。

 私はそのレストランの評判は知らないけれど、少なくともディスプレイやメニュー、ガラス越しのお客さんの食べている様子は確かにおいしそうだった。

 私が恨みがましくと店の前で残念がっていると、中から人の高さをしたかたまりらめくでもなく、明確にコチラへ向かって来た。

 もやの塊は私の前で立ち止まり、閉業したレストランの入り口のわき停滞ていたいし、私の方を見ている様に感じられた。

「あら、ひょっとして私を中に招いているのかしら?」

 そうもやに対して尋ねると、何となくそれはうなづいたように感じられた。

 もやに案内される様に閉業したレストランの店内に入ると、店内は意外にも明るく、清潔せいけつで、かべにかけられているインテリアの類もほこりを被っているなんて事も全く無く、まるで普通に開店中の様だった。

(これはレストランに幽霊ゆうれいが出たんじゃなく、レストランそのものが化けて出て、それに追従して従業員の様な物も出現したのかしら?)

 私はそう、通された席に座りながら考えた。

 そうでもなければ、閉業した筈のレストランの中が明るく現役の様な事の説明がつかないし、昔話では度々廃屋はいおくを立派なお屋敷やしきの様な姿に偽る妖怪も居るのだから、あながち信じられない話でもない。

(私という、レストランを利用したい客の願望に答えたのかしらね? いえ、誰かの願いを叶える幽霊なんて都合の良いものは存在しないわ。きっと、このレストランは自分が死んだ事が認められなくて、未練でお客さんになってくれそうな人を招いているのだわ……)

 私の考えは、推測から確信にシフトしていっていた。

 そうと分かれば、幽霊のレストランごっこに付き合ってあげるものやぶさかでない。

 注文するのは決まっている、前にガラスしに他のお客さんがたのんでいた、最高に美味しそうな料理。

「すみません、オムライスのクリームシチュー添えをくださるかしら?」


 * * *


 壁面へきめんにツルがってどことなく幻想的な雰囲気をたたえる、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

「それで、その料理食べちゃったんですか?」

 そう質問するのはどこかナイフの様な印象を覚える、詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年。

 質問をされたのはかざり気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をした、すみを垂らした様な黒髪くろかみが印象的な女性。

「ええ、勿論食べたわ。だってレストランの霊はお客さんを欲していて、私は一度でいいからあの店でオムライスを食べてみたかったのですもの」

 黒髪の女性は従業員の青年の心配そうな質問に対して、そんな物はどこ吹く風と返答する。

「えー、でもそう言うのって、黄泉戸喫ヨモツヘグイとか何とかって……でもこうして生きているなら、関係無く無事だったって事ですか?」

 そう自己解決をする従業員の青年に、黒髪の女性は面白おかしそうにクスクス笑う。

「それで、そのレストランのオムライスってどんな味だったんですか?」

 黒髪の女性はその質問に対して、苦虫をつぶした様な顔を浮かべた。

「ええ、あのオムライスを食べて、あのレストランが閉店した理由が分かったわ。何せあのオムライス、!」

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