第三十八話『人生が変わる試着室-LA RUMEUR D’ORLEANS-』

 壁面にツタが這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様な、おまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

 店の中には、飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風の姿をしたすみを垂らした様な黒髪が印象的な店主と、どこかナイフの様な印象を覚える詰襟姿つめえりすがたの従業員の青年とが居た。

「しかし、おどろきました。まさか試着室なんて物を、売り物として出すだなんて!」

 従業員の青年はピンク色のカーテンでおおわれた試着室を店内に置きながら、口にした言葉を違わず感心した様な意外そうな表情で言った。

「この試着室も、やっぱりいわく付きの物なんですよね? この商品がどんな物か、尋ねてもいいですか?」

 従業員の青年はそう言うが、この発言は半分本心で半分欺瞞ぎまんだった。彼は店主の女性が話したがりな性質だと知っており、言わばこの質問は彼なりの上司に対するご機嫌取りが半分と言った所か。

 事実、店主の女性は彼の質問に対し、面白そうにほおゆるめてニコニコしていた。

「そんなに私の話が聞きたいなら、話してあげましょう。カナエはオルレアンのうわさって都市伝説をご存知かしら?」

「オルレアン……ええと、ジャンヌ・ダルクの出身地ですよね?」

 従業員の青年のこの発言は、別に欺瞞でも何でもない。

「ええ、そのオルレアンで合っているわ。でもジャンヌ・ダルクは全然関係無いの。そうね、多分カナエも聞いた事が有るんじゃないかしら? 試着室に入った人がさらわれてしまい、その人は奴隷どれいしょう臓器ぞうきの売人の元へと連れて行かれてしまうと言うお話」

「ああ、その話なら知ってます! それって、フランスが発祥はっしょうだったのですね」

 楽しそうに語る店主の女性に、従業員の青年は相槌あいづちを打つように返す。

「この試着室は、その都市伝説と似た物よ。この試着室に入った人は、結果として失踪事件しっそうじけんとして処理される事になるわ。ただし誘拐犯ゆうかいはんは居ないし、利用した人も居なくなったりしないの」

「試着室に入った人は失踪するけど、誘拐犯は居ないし、居なくなったりしない……?」

 従業員の青年は店主の女性の話した事が理解出来ず、オウム返しをしてしまった。その様子を見て、店主の女性は増々面白そうに微笑ほほえんだ。

「その試着室はね、新しい服を着るための物じゃないの。新しい服に似合う顔……もっと言うと頭を試着するための部屋なの」

「頭を試着……?」

 従業員の青年の脳内では、荒唐こうとう無稽むけいな光景が繰り広げられていた。

 ドレスを着た女性が、試着室の内部で自分の頭を取り外して別人の物と交換し、足取りも軽く口笛を吹きながら中から出て来ると言う想像だ。

「えっと、その場合は元あった頭を取り外して移植いしょくするって事ですか? それはやっぱり、さっきの話と同じで一種の臓器売買と同じなのでは?」

「ああ、ごめんなさい。頭の試着と言うのはちょっと語弊ごへいがあったわね」

 店主の女性は申し訳無さそうに自分の表現に誤りがある事を認め、そして続けた。

「私が言ったのは、その試着室に入って鏡を見ると、利用者の頭部が変身するの。勿論もちろん化粧けしょうとか特殊とくしゅメイクみたいな話じゃなく、頭部を形成する肉体全てが分解されて再構築さいこうちくされるの。その結果、顔は全くの別人になるし、脳味噌のうみそも別人になるし、勿論記憶も元の人間の物をとどめないわ。だから利用者は行方不明者になるの、分かった?」

 店主の女性の言葉に、従業員の青年は先まで普通にさわっていた試着室に対し、急に恐怖感やおぞましさを覚えた。

 あの試着室に入り、中の姿見に体を映すと頭部が別人に変質して全くの別人になってしまうと思うと、舌の根に酸っぱい物すら感じる。

「その様子だと、カナエはあの試着室は使いたくないみたいね。でも時々居るのよ、この試着室を欲しがったり使いたがったりするお客さんが……」

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