第二十話『誠実なパワーストーン-small change-』

 壁面にツタの這って幻想的な雰囲気のする、昔の映画かアニメで見る様なおまじないの品々を取り扱う小さな小間物屋があった。

「つまり、これは雑誌の広告でよく見る様な一種の幸運のパワーストーンと言う奴で、あなたが言うところに因ると本物のパワーストーンだと」

 店の中では、客の男性が胡乱うろんな物を見る目で加工された紫水晶の装身具をマジマジと見ながら、店員と目される飾り気の無いシンプルな黒のイブニングドレス風ですみを垂らした様な黒い長髪が印象的な女性に質問していた。

「いいえ、それは少し違うわ。これは誠実な紫水晶なの、これを持って願い事をすればそれは何でも叶う……そんなパワーストーンなの」

 店員らしい女性は客の男性の言葉を否定するでもなく、肯定こうていするでもなく、そう説明した。

「本当ですか? 胡散臭うさんくさいと言うか、そんな何でも叶うなんて言われても信じられないです」

イワシの頭も信心から。そう思うのでしたら、このブローチを握りながら何か願い事してみてはいかがかしら?」

 店員らしい女性はそう言って、件のパワーストーンの装身具を客の男性に半ば強制するかの様に握らせた。

 これに対して客の男性は未だ露程つゆほどもパワーストーンの力を信じていない様で、疑いの目で女性と装身具を眺めている。

 だってそうであろう、何でも願い事が叶うパワーストーンなんて物が売っていると言うのは虫が良すぎると言うか、それがだとしても裏が有るとしか思えない。

「そう言われても全然信じられませんね、それだったら僕に一生かかっても使いきれない程の富でも降って来て欲しいところです」

 そう言った瞬間、客の男性の懐で携帯端末が振動音を立てて動いた。

「あら、お電話かしら?」

「おっと失礼、ただの通知です。どうぞお気になさらず」

 店員らしき女性の言葉を受け流す対応をした時、店内でカウンターの傍らに所在するテレビの報道番組が、二人にとって興味深い内容を流し始めた。

『それでは株と為替かわせの値動きです。今日の株式市場は為替市場の影響を受け、輸出関連の銘柄めいがらの株が外国人投資家株に大量に購入された事で、平均株価がこれまでの最高値を更新し……』

「あ? あ、あ……」

「どうさかれましたか?」

 店員らしい女性は楽しそうに尋ねる。それに対して、客の男性は携帯端末を片手に、涙目で今にも顔面筋が崩壊しそうな有様だ。

「失礼、ああああ! やっぱり、やっぱりです! これを見て下さい、これ僕の買っていた落ち目で腐りかかっていた株なんです! 信じられない勢いで高騰こうとうしている! 危ない綱渡つなわたりなんてする物じゃないと言う、手痛い勉強代だと思って売り払おうとしてのに、こんな事信じられない!」

 客の男性は顔から涙や鼻水やその他さまざまな汁の数々を漏らしながら半狂乱の様になりつつ、今にも踊り出しそうな勢いで喜びながらそう言って、店員らしき女性に自分の携帯端末を見せた。

「あら、それは素敵だわ。ところで誠実な紫水晶が本物だったって、そう信じてくれるかしら?」

「ええ、信じますとも! ああ、それにしても!」

 客の男性はパワーストーンの装身具を握りながら、そう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る