第21話 条件付きインタビュー(2)

 条件付きインタビューは何度もやってるから大丈夫。ただ、今回はプレッシャーがすごい。気を引き締めてやらないと。


 あっ、やば。録音していいか確認するの忘れてた。ちょっと緊張してるのかも。無断で録音してもバレないだろうけど、こういう細かいところを怠るとあとで痛い目見るから、ちゃんと許可はもらわないと。


「すみません、記事作成時に確認できるようにここからの会話を録音してもよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」


 ふぅ……よかった。にしても即答だったわね。まぁ電話の声は本人とは違うって言うし、もしかしたら声くらいなら知られても問題ないのかも。あとで音声データも使っていいか聞いてみよう。


 私はボイスレコーダーを起動させて録音ボタンを押した。


「では改めまして。個人でライターをやってます、平良と申します。本日はよろしくお願いいたします」

「お願いします」

「恥ずかしながら、イフさんのサイトを見てすぐに依頼してしまったので、質問事項がはっきり決まってません。脈絡のないものになるかもしれませんが、ご了承いただけると幸いです」

「アドリブには慣れてますから問題ありません」

「ありがとうございます」


 これは数々の苦難を乗り越えてきたという感じね。私より若そうなのにすごいわ。

 よし、まずはこれを聞いてみよう。


「記事に書けない質問を最初にするのもどうかと思いますが、気になってしまったので聞きます。なぜイフという名前にしたのですか?」

「それには理由がふたつあります。ひとつは『もし泥棒に入られたら』という仮定の意味。英語のifですね。まぁ仮定とはいっても、泥棒に入られる確率はそんなに低くないんですけどね」

「えっ、そうなんですか?」

「はい。地域の規模によって変わるので全体の数値からの計算になりますが、世帯数でいうと年に約三六〇〇分の一。平良さまが住んでいる町の世帯数は約二〇〇〇で、隣接する町の平均世帯数は約一五〇〇です。つまり、周辺地域もまとめて見た場合、泥棒に入られる件数は隣接する町の数とほぼ同じと言えます。ちなみにこれは戸建て以外の世帯も含めての計算です。戸建てのほうが圧倒的に件数は多いので、参考値としてお考えください。あくまで平良さまから見た件数になりますが、意外に多いと思いませんか?」

「確かに……」


 そう言われると結構身近に感じるわね。私も防犯対策見直そうかな。


「もうひとつは『泥棒を恐れよ』という意味。かしこまるに怖いと書いて畏怖いふです」

「なるほど。二重の意味になってるのはオシャレですね」

「というよりは、ダジャレ、ですかね」

「ふふっ、そうですね」


 なんだ、思ったより面白い人じゃん。


「ちなみに、先ほどの回答からすると日本語から考えられてるようですが、イフさんは日本人ですか?」

「それはご想像にお任せします」


 あっ、これは答えないタイプのやつか。ここから察するに、個人情報系のは流されそうね。


「では、活動拠点は日本ですか?」

「基本的にはそうですが、海外からの依頼もたまにありますので、絶対にここと決めているわけではありません」

「そうなんですね。ちなみに、依頼があればどの場所でも行くのですか?」

「はい。常識の範囲内であれば」

「常識の範囲内?」

「月に行ってほしいだの深海に行ってほしいだのという、無理難題でなければという意味です」

「あぁ、なるほど……」


 月に深海。そんな単語が出てくるということは、ふざけて言ってきた人が今までいたんだろうなぁ。


「まぁどちらも行けなくはないのですが対応するのが面倒なので、そんなのと言って流してます」

「は、はぁ……」

「今のは笑うところですよ」

「そ、そうですよねー! すみません」


 いきなり冗談ぶちかまし系の人か。面白いけどかなり面倒かも……。


「では次の質問です。あの時は大変だったなというのはありますか?」

「そうですね……砂漠地帯での仕事は大変でした」

「砂漠、ですか」

「詳しい場所は言えませんが、昼間はフライパンの上で夜は冷蔵庫の中みたいな気候でして、体が壊れないか心配でした」

「それは大変ですね」

「寒暖差が激しいのは苦手なので、次行くときがあれば対応できる装備でも作ってからにします」

「それがいいですね」


 それがいいですねってなによ! なかなかなこと言ってたわよね? 完全にイフさんのペースに飲まれちゃってるわ、私。


「次はですね……盗むの苦労したなという依頼はありましたか?」

「それはありませんね」

「即答ですか」

「私の泥棒レベルは格が違いますから」


 なんちゅう自信なの。まぁだからこそこの仕事をやってるんだろうけど。


「言える範囲でどう違うのか教えていただけますか?」

「ひとつひとつの泥棒スキルは私が月でその他はスッポンですし、私が作り出す道具の数々は誰も真似できないでしょう。こんな感じでよろしかったですか?」


 えっ……よろしかったもなにも、それってまるで……


「怪盗エニーみたい……あっ、すみません」

「いえ」


 ここまで聞いた内容にプラスであれだから、あまりにエニーすぎて思わず口に出しちゃった。まぁでも答えられないのは答えないわけだし、今思ったことは聞いちゃお。


「口に出したついでになってしまうのですが、もしかしてイフさんは怪盗エニーからスキルを学んだんじゃないですか?」

「どうしてそう思うのですか?」


 あれ、ちょっと声が低くなった気が……。


「気に障ってしまったならすみません。実は私、エニーを追ってるんです。これまで何度も記事にもしました。それで、エニーについてはいろいろ知ってるつもりなのですが、先ほどまでイフさんがおっしゃっていたことがあまりにもエニーに似ていたので」

「そうでしたか……。期待させてしまい申し訳ないのですが、私は怪盗エニーなる人物を詳しくは知りません。もちろん耳にしたことはありますが、誰も捕まえることができない人物に教えをうなど、私にはできません」

「ですよねぇ、すみません変なこと言って」

「いえ」


 そりゃそうだよなぁ。それができるならとっくに捕まってるだろうし……ってあれ? なんで詳しく知らないのに誰も捕まえられないって知ってるの? もしかして、何か隠してる?


「あの……」

「時間です」

「え?」

「このあと用事がありますので、インタビューはここで終わりとさせてください」

「あっ、はい。分かりました」


 待って待って、なんか逃げてる感じしない? いよいよ怪しくなってきたわね。でも延長は無理そうだから、とりあえず終わりにしよう。


「本日はお忙しい中、インタビューにご協力いただきありがとうございました」

「いえ。次は泥棒の依頼、お持ちしてますね」

「はい。では失礼します」


 よく考えると、ツッコミどころが多い人だったわね……。あっ、やば。音声データ使っていいか聞くの忘れた。


 私は肩を落としながらボイスレコーダーの再生ボタンを押した。


「えっ!? どういうこと……」


 私の声はしっかりと録音できているのに、イフさんの声だけ録音できていなかった。


 まさか、特殊な電波とか? いやいやいや……。でもあの話し振りからすると、可能性はあるわね……。

 まぁでも今はそんなことより、忘れないうちに早くメモしなきゃ。


 私は記憶を頼りにパソコンのキーボードを打ちまくった。


 *


 それから数日経って、イフさんのアドバイスどおりに記事を投稿した。嬉しいことに、PVはここ最近で一番伸びている。

 イフさんを知っている読者がいたのか、コメントで仮泥棒の名前が出てきたこともあった。これは私が書いたわけじゃないから問題ないはずだけど、その単語が出てるだけでドキドキが止まらない。条件を守らなかったら何されるか分かったもんじゃないから。


 今回投稿した記事のウケがよかったからか、他の記事のPVも右肩上がりになっている。イフさんには頭が上がらない。

 ただ、私の勘がイフさんは怪盗エニーと同等レベルだと言っている。今後もイフさんについては調べる価値がありそうね。


 よし、今度ちゃんと依頼してみよう。

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