第9話 ストーカー行為(2)
イフさんとの電話が終わったあと、部屋の片付けで数時間は使った。
明日も仕事はあるからさっさと寝よう。
イフさんのことを考えながら寝たからか、夢の中でイフさんと出会った。想像どおりの可愛い顔だったからそのまま夢の中にいてもよかったと思ったが、実際に見たいという気持ちが高まり、現実世界に戻ってきた。
いつもどおりに準備を済ませ、革靴を履いてドアの前に立った。
さて、会社に行く前に一回電話してみるか。
「こちらは仮泥棒のイフです。ただいま電話に出ることができません。時間を空けてから再度ご連絡をお願いいたします」
やっぱり出ないか……。
ただ、まったく期待はしていなかったからダメージは少ない。むしろ、この電話番号が使われている間はいつでもこの声が聞けると分かり、思わず顔がゆるんだ。
*
「イフです。久下田さまですね。どうされました?」
昼食を済ませたあとに電話をかけてみたら、すぐにつながった。
出てくれるのか、俺のために……。
「あのぉ……何かご用ですか?」
「あぁすみません、ちょっと声が聞きたくなってしまって」
「はぁ」
「こんな理由で電話をするのはダメですよね……」
「そうですね……依頼に関係ない連絡は控えていただきたいです」
「はい、失礼しました」
そりゃそうだ。こんな電話にいちいち対応してたら仕事にならないだろうし。
でも、もう少しオブラートに包んでくれてもよかっただろ。
俺は少しだけイラッとした。
仕事が終わり、帰る前にも電話をかけてみたが、イフさんが出ることはなかった。
さすがに怪しまれたか……。とりあえずは一日一回までにしておこう。
そのあとは自分ルールに従って気持ちを抑えていたが、結局イフさんから連絡が来るまでは一度も電話はつながらなかった。
「久下田さま、たいへんお待たせいたしました。下見は済みましたが、数日とお伝えしたのに今日までかかってしまい、申し訳ありません」
「いやぁ、お忙しいでしょうから気にしなくていいですよ」
そういえば数日って言ってたな。複数の依頼を同時に対応でもしてるのだろうか。そいつが男だったら許せん……。
「ありがとうございます。それでは、今日から四日以内にご自宅にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」
「普段どおり? それはイフさんのことも考えるなってことですか?」
「はい。泥棒はいつ来るか分かりませんし、常に注意しながら生活している人もいませんから」
「まぁ確かにそうですけど……」
それだとイフさんに電話ができなくなる。かなりストレスになるぞ。
「何か問題があるのですか?」
「いや、大丈夫です。いつもどおり過ごせばいいんですよね?」
「はい」
「分かりました」
そうだ。いつもどおりの俺として過ごせばいい。別に電話なんてできなくても、やれることはある。
「では、よろしくお願いいたします」
「はい」
電話を切ったあと、自分の部屋に小型カメラをふたつ仕掛けた。これで仕事中に侵入されてもイフさんを見ることはできる。
万が一どちらかのカメラが見つかってデータを消去されても、さすがに一般人がもうひとつ予備で仕掛けてるとは思わないだろうから、もう見れたも同然だな。
*
それから四日間、俺は毎日カメラのデータを確認した。ただ、どのデータにもイフさんは映っていなかった。
また同時対応かなんかで遅れてるのかもな……。
切ない気持ちになっていると、イフさんから電話がかかってきた。
「久下田さま、この四日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
いやいやいや、嘘だろ!? だってカメラに……いや待て、落ち着け。これは俺を試してるんだ。そうに違いない。
「ははっ、ご冗談を。イフさん、遅れても大丈夫ですよ。別に急いでるわけじゃないので」
よし、これで様子を……
「冗談ではないのですが、なぜその考えに至ったのか伺ってもよろしいですか?」
おいおい、本当に侵入したってことかよ……信じられん。
「あのぉ、聞こえてます?」
「あぁ、すみません。さっきのは気にしないでください。ちょっとふざけただけですから」
「そうですか。では報告させていただきますね」
「はい」
もしかしたら家に入らずに盗んだのかもな。そんな方法があるのかは知らんが、カメラに映ってない以上、そう考えるしかない。
「まず、依頼料についてですが、今回はお支払いいただく必要はありません」
「えっ、どうしてですか? 払いますよ。むしろ払わせてください」
「いえ、お気になさらず」
「は、はぁ」
なんだなんだ、どうなってんだ? これじゃタダ働きだろ。初回無料なんて書いてなかったし、なんかのキャンペーンってことか?
少しだけ頭が混乱したが、話は続くため今は気にしないことにした。
「次に、盗んだものについてですが、すでに持ち主のご自宅に届いていますので、ご安心ください」
「ん? 持ち主というのは、自分ですよね? まだ届いていませんが……」
「いえ、本来の持ち主という意味です」
何を言ってるんだ? 本来のって……まさか!?
「久下田さまが思っているとおり、私が盗んだものは久下田さまのものではありません。ですので、本来の持ち主に返しました。ホームページにも『持ち主に返します』と記載してあるので、問題はないですよね?」
「あっ……そ、それは……」
依頼主に返すでいいだろと思ったが、あれはそういうことだったのか……。
「最後に、規約違反がありましたのでそちらについて説明させていただきます」
「き、規約違反? いったい俺が何をしたと……」
「私が気づいていないと、本当にお思いですか?」
「な、なんのことだか、分からないですね」
「久下田さまの部屋に小型カメラが二台設置されていました。私を盗撮するつもりだったのですよね?」
終わった……。何も言い訳が浮かばない。こうなったら素直に謝ろう。
「すみませんでした! ほんの出来心だったんです。イフさんのことが知りたいという気持ちが強くなってしまって……」
「今回の行動は詮索にあたります。規約違反であるとその場で判断したため、いつもより多く盗ませていただきました。すべて久下田さまのものではありませんので、先ほどお伝えしたとおり、本来の持ち主に届け済みです」
「はい……」
コレクションから持ち主が分かるものだけ盗んだってことか、ははっ……。
「ちなみに、送り主は久下田さまになります。もちろん、住所も電話番号も記載しました。そして送付物の中には、久下田さまが大事に保管していたことや、盗撮した写真を毎日のように眺めていたことなどを、簡単なメモに残して一緒に入れておきました」
それはやりすぎだろ! さっきから聞いてれば調子に乗りやがって……。
俺の怒りは頂点に達した。
「なんなんだよお前は! 仮泥棒は依頼主の味方じゃねぇのかよ!」
「久下田さまは例外です」
クソが! クソがクソがクソがぁぁぁ!
「すみませんが、次の依頼がありますのでこれにて失礼します。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「二度と使うかボケェ!」
夢のような時間は、本性を現したクソ泥棒のせいで地獄と化した。
それより、早く逃げないと……。
——ピーンポーン。
突然インターホンが鳴った。
あぁもう、こんな時に誰だよ……。
俺はイラつきながらドアを開けたが、訪問者が手帳を見せながら名乗った瞬間、全身の筋肉が崩壊する音が聞こえた。
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