規約違反は針千本
第8話 ストーカー行為(1)
世の中は理不尽だ。そうに違いない。
見てもいないのに見られただの、触ってもいないのに触られただのと、ありもしないことをべらべら言いやがって。
この前なんて、ただ後ろを歩いてただけでストーカー呼ばわりされた。ふざけんな! お前なんて追いかけてねぇんだよ! 自意識過剰の勘違い女め。
たまたま帰り道が同じになって、たまたま俺が後ろにいるってだけで、周りの奴らは俺を危ない男だと勝手に思いやがる。
これが理不尽と言わずにいられるか? 無理だね、俺には絶対に無理。
俺は被害者だ。
最近も同じようなことがあったからか、俺のストレス値は異常なまでに高まり、頭の中のネジが少しだけ狂ったような気がした。
*
「なんかあの男の人、めっちゃこっち見てない?」
「あんたが見てるからでしょ」
「ははっ、そうかも」
「てか今日さ——」
仕事で疲れていた俺は、ストレス解消目的で若い女を探しに
それに、俺が見てることに気づいてたっぽいな。まだ分からないからもう少し見続けてみるか。
「へぇ、ラッキーじゃん」
「でしょ? まぁ数年分の運を使い果たしたかもだけど」
「ははっ、言えてるー」
「……」
「……」
「ねぇ、やっぱり見られてるよ」
「マジじゃん」
「あの目つきヤバくない?」
「あれは完全に犯罪者だわ」
「怖すぎ」
こっち見ながらこそこそしやがって、あいつら絶対きもがってるだろ。ふっ、面白い。もっと見てやるよ。
「もぉなんなのあいつ」
「ここ離れよ」
「だね」
けっ、もう終わりか。まぁいい。まだ時間はあるな……。
俺はスマホゲームをやりながら、しばらくここにいることにした。
*
それから一時間半ほどいたが、特に気になる人はいなかった。
はぁ……つまらん。そろそろ帰るか。
出入りの激しい改札を通って早歩きでホームまで行き、いつもどおり埼京線に乗った。
車内は満員でイライラしたが、たまたま目の前にいた女がめちゃくちゃタイプで、しかも俺と同じく赤羽で降りたもんだからなかなか気分がよかった。
俺は気づかれないようにその女から少し離れて歩き、しばらく追うことにした。
途中で何度か後ろを向いたのは怯えていたからだろうが、ああいう顔を見るのが一番いい。
結局、にやにやしていたところを女に見られ、いつものように走って逃げられた。
顔に出ちまうんだよな……。
ただ、今日はツイてる。小さくなる背中を目で追っていたら、街灯のところで女のバッグから何かが落ちたのだ。
近くまで行って確認してみると、アニメキャラっぽいぬいぐるみが付いたキーホルダーだった。
よく分からんが、持ち帰って大切に保管しよう。
*
部屋の中には今まで拾ったものがいっぱいある。マスクやハンカチ、ヘアゴムやイヤリングなど、それはもういろいろだ。
この中にはポイ捨てされたものもあるから、俺は社会に貢献してるとも言える。
ただ、コレクションが増えていくと心配になることがある。盗難だ。
俺が言うのもどうなんだとは思うが、せっかく集めたものが誰かの手に渡るというのは耐えられない。
築三十年の木造二階建てアパートだから、誰がどう見ても防犯レベルは低い。そんなところは誰も狙わないだろうから逆に安心だと思っていたが、本当に狙われないかは分からない。
さて、どうしたもんか。
「そういえば……」
ここに引っ越してすぐ、友達の友達がなんか言ってたな。依頼したら泥棒になって盗みに入り、セキュリティをチェックしてくれる謎の人物がいるとかいないとか。
友達の友達はもう他人だからあまり参考にはしたくないが、聞いたときは革命だと思ったっけ。
俺は引っかかりそうなワードを入力してネットで検索してみた。
「あっ、これだこれ」
サイトを開いてみると、本当に依頼が来るのかと疑うほどクソ適当なデザインだった。
そもそも現在進行形で活動してるのかも分からなかったが、とりあえず中身をさらっと読み、面白そうだったから依頼ボタンを押してみた。
エラーも出ず、これまた適当な依頼フォームが表示された。なんとなくバカにされてる気がしたが、そのまま必要な部分の入力を済ませ、送信した。
完了画面に表示された電話番号、これは使えるやつなのか? まさか詐欺ってことは……。
そう思いながらも、指は電話帳登録を済ませていた。
不安と謎の期待の中間でモヤモヤしていると、いきなりスマホに着信が入った。
「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。
この声……可愛すぎる。そういえば、仮泥棒は女がやってるってあいつが言ってた気がするな。ふっ……これは新たなターゲットを発掘したか。
「あのぉ……聞こえてます?」
「あぁ、すみません。久下田で合ってます」
「あっ、よかったです。このまま依頼の確認をさせていただきたいのですが、お時間大丈夫ですか?」
「問題ないです」
「ありがとうございます。ではまず、私が侵入するのは久下田さまのご自宅で、住所は東京都北区——でお間違いないですか?」
「はい」
「次に連絡先ですが、私から連絡するときはこちらの電話番号で問題ないですか?」
「はい」
このあとも、イフさんはほんわかした雰囲気で依頼の確認を続けた。
全身に伝わるこの声で、日々の疲れが取れた気がした。
「依頼の確認については以上です。何か聞きたいことはありますか?」
できるだけ話を続けたいと思い、ダメと言われてもやるつもりの質問をすることにした。
「ひとつだけありまして、こちらからそちらに電話をかけるのは問題ないでしょうか?」
「必ず出られるわけではありませんが、問題はないです」
「あっ、分かりました」
なんだよ、ちょっとは拒んでくれよ。話終わっちまうぞ。
「では最後にお伝えしておくことがあります」
くそぉ……。
「はい」
「盗みに伺う前に、数日だけ下見をさせていただきます」
「なるほど、下見ですか……」
「何か問題があるのですか?」
「あぁいや、何もありません。大丈夫です」
「そうですか。では下見が終わりましたらまた連絡いたします」
「分かりました」
癒しの時間はここで終わった。もっと聞きたかったが、また明日にでも電話すればいいだろう。
それより、部屋の中を片付けておかないとやばい。見られたら困るものは今日中に隠しておこう。
俺は部屋を見渡し、肺が空になるくらいのどデカいため息をついた。
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