第7話 古風な神社(3)

 依頼日の翌日、私は巫女のふたりに昨晩のことを話した。


「仮泥棒……初めて聞きました」

「私もです」

「その方は信頼できるのでしょうか……」

「少々危険な香りはしましたが、神様への挨拶を忘れていなかったので信じることにしました」

「それでしたら、私も信じます」

「同じくです!」

天網てんもう恢恢かいかいにしてらさず。私たちが心配せずとも、神様はちゃんと見ています」

「仮泥棒さんが悪人だったとしても、必ず天罰が下るということですね!」

「あなたって、たまに怖いこと言うわよね……それも笑顔で」

「えっ、そうですか?」


 確かに、今のは少しだけ怖かった。やはりイフさんは、新人の巫女さんと同年代なのかもしれない。

 もっとも、内に秘める闇というのは誰にでもあるものだ。それがどう働くかによって、人はいつでも悪になる。

 また堅苦しいことを言ってしまったな……。まったく、歳は取りたくないものだ。


 *


 あれから一週間が経った。

 私の祈りが通じたのか、本物の賽銭泥棒は現れていない。いつもどおりと言われれば確かにそうだが、この平穏はいつまで続くか分からない。すでに魔の手は近くにいるかもしれないのだ。

 意外と早く過ぎたこの期間を頭に浮かべていると、私の携帯に着信が入った。


「反町さま、たいへんお待たせいたしました。下見が済みましたので、今日から五日以内にそちらの神社に侵入し、お賽銭を盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」

「普段どおりですか……それだと簡単にやられてしまいそうです」

「それでいいのです。この五日間だけ警戒してしまっては、普段の問題点に気づきにくくなりますし、今後の対策方法も適したものをお伝えできなくなる可能性もありますから」

「確かに、そうですね」

「では、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 電話が切れたあと、私は大きくため息をついた。

 私もまだまだだな……。



 口から魂が抜けるような感覚を味わってから二日が過ぎた。

 この二日間の参拝者数はそれほど多くなく、イフさんらしき人も見かけなかった。もちろんイフさんの容姿は何も知らないから、仮で賽銭泥棒をやっていそうな人、という意味だ。

 しかし、どうやって本物と見分けるのだろう。もし見つけたら、気にせず通報してもいいのだろうか。聞いておくべきだったな。



 そんなことを考えていたが、これは杞憂きゆうであった。

 残りの三日もあっという間に過ぎ、気づけばイフさんからの電話に出ていたのだ。


「反町さま、この五日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、そちらの報告をさせていただきます」

「……お願いします」


 予告してから指定したものを盗むというのは、今思えばドラマや小説に出てくる怪盗そのものだな。あれは想像上のものでしかないと思っていたが、実在すると言っても過言ではないのかもしれない。いや、これはイフさんを犯罪者呼ばわりしているのとなんら変わらない。失礼だから、間違っても口には出さないようにせねば。


「まず、今日までに何か気づいたことはありますか?」

「いえ、何ひとつありません」

「そうですか」

「賽銭箱の近くに四六時中いれば気づけるかもしれませんが、さすがにそれはできませんので」

「気になさらなくても大丈夫ですよ。たとえ近くにいたとしても、気づくことはないと思いますから」

「はぁ」


 なんという自信……。そこまで言われると、どうやって盗んだのか気になるな。あとで聞いてみようか。


「ちなみに、盗んだお賽銭は明日そちらの神社に届きますので安心してください」

「はい」

「依頼料の案内も入っていますので、そちらも確認をお願いいたします」

「分かりました」


 あとで聞こうにもタイミングを失う気がしたため、盗んだ方法は今聞くことにした。


「すみません、ひとつ聞きたいことがあるのですが」

「どうぞ」


 私は生唾なまつばをごくりと飲んだ。


「いつどうやって盗んだのですか?」

「それだとふたつありますが」

「あっ、失礼しました。では方法だけでも教えていただけますか?」

「かしこまりました」


 企業秘密だからと口を閉じるものだと思っていたが、イフさんはさらっと了承した。


「自作の小型ロボットを使って盗みました」

「じ、自作のロボット?」

「はい」


 聞き間違いではなかった。イフさんの返事からは、これが嘘ではないというのが伝わってくる。


「詳しい仕組みはお教えできませんが、五百円玉サイズの小型ロボットを賽銭箱に投げ入れ、そのロボットがお賽銭を数枚回収し、周りに人がいなくなったら自動で賽銭箱から出てくるという感じです」

「なるほど……」


 そんなものを自分で作っているなんて、とてもじゃないが信じられん。

 そう思っていると、ひとつの矛盾に気がついた。


「ですが、それだと防犯カメラにそのロボットが出てくるところが映りますよね? 私の記憶が正しければ、そのようなものは映っていなかったと思います」

「さすがに見られるわけにはいきませんから、防犯カメラに少しだけ細工させていただきました。もちろん、元に戻してあるので安心してください」

「はぁ」


 細工って……それができる人なら誰でも盗めるということじゃないか。これは思っていた以上にしっかりした対策が必要になるな。


「私のように誰にも見つからずに細工ができる人なんていませんよ。ネットワークカメラなら知識があれば可能だとは思いますが、証拠も残りやすいのでわざわざやる人はいないでしょう。そこまで心配する必要はありません」

「そ、そうですか」


 心を読まれているような気がする。もしそうなら、私の思いなんぞはとうに見透かされていることだろう。


「私がいつ盗んだかを言わないのは、言っても意味がないからです」


 イフさんの口調が少しだけ強くなった。

 まさか、な……。


「賽銭泥棒はいつ来るか分かりません。ですので、私が来た時間を参考にするのは無意味なのです。それでも聞きたいというのであれば、単純に私という存在を見たがっている証拠。それは依頼に関係なく、ただの私欲と言えるでしょう」

「……おっしゃるとおりですな」


 私欲というのは恐ろしい。気づかぬうちに心が支配される。


「ちなみに、私には心を読むという超能力はありませんので、何を思っていただいても大丈夫ですよ」

「あっ、はい」


 しまった……。素直に肯定してはそう思っていたということになる。なんとも末恐ろしい人だな。


「方法については以上ですので、これから対策をいくつかお伝えします」

「……よろしくお願いいたします」


 ここからが本題だ。

 私は用意していたメモ帳を開いた。


「まず、お賽銭を回収する頻度を上げたほうがいいですね。理想は毎晩ですが、難しいのであれば三日に一回くらいでしょうか。当然ですが、賽銭箱にお賽銭が入っているから賽銭泥棒が存在するのです」


 それを言ってはおしまいな気がするのだが、確かに回収頻度は上げるべきだから、とりあえず口出しはやめておこう。


「それと、そちらの神社は人員的に夜間の巡回は厳しいと思いますので、センサーライトを設置するといいと思います」

「やはりそれがいいですかね」

「暗闇にまぎれて犯行する人にとって、光は天敵です。顔を照らされてしまえば、防犯カメラにはっきり映ってしまいますから」

「確かにそうですね。ちなみに、安いものでも大丈夫でしょうか?」

「ちゃんと人に反応するものであれば問題ありません」

「分かりました」


 あまり費用はかけられないから、節約できるならありがたい。


 このあとも、賽銭箱の入り口を複雑にしたり防犯ブザーを設置したりと、イフさんからいろいろなアドバイスをもらった。

 そして話すことがなくなった頃、イフさんの優しい咳払いが耳元で響いた。終わりの時がやってきたのだろう。


「これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」

「たいへんお世話になりました。こちらこそ、ありがとうございました」


 電話が終わり携帯を見つめていると、巫女のふたりが話を聞きたいと迫ってきた。

 今まで不思議な夢でも見ていたのだろうか。

 私はメモ帳を閉じ、イフさんとの会話を思い出しながら口を開いた。



 ——翌日。


 盗まれたお賽銭が神社に届いた。値段にして十数円。

 思っていたより少なかったため少し驚いたが、そこにもイフさんの意図があったのだ。

 お賽銭が入っていた袋に小さな紙切れがあり、


ちりも積もれば山となる』


 と、これまた小さな字で書かれていた。


 確かに数枚減ったくらいでは気づけない。ただ、それが積もりに積もれば、いつかは山となって大きな痛手となる。

 まったく……イフさんには驚かされてばかりだ。



 それから数日が過ぎ、賽銭箱の近くにセンサーライトを設置した。昼間は作動しないため古風な雰囲気も壊れず、夜間は人が通るだけで光が照らされ、賽銭箱が注目を浴びながら守られる。

 これで本当に効果があるのかは分からないが、少なくとも、神社に新しい風が吹くことだけは確かと言える。

 私の未熟さも浮き彫りになり、これから一緒に変わっていけるのが楽しみだ。


 さて、今日も学びある一日としよう。

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