第17話 警部の怪盗講座(2)

「さて、ここからは今までどんな犯行があったのかを簡単に話そう」

「はい」

「ただ、数が多すぎるから有名なふたつにしようかな。まずは日本。安黒あぐろ金融の件について」

「あっ、その会社なら知ってます。どんな相手にも大金を貸し付け、期限を過ぎたら法外な利子を請求するってやつですよね。確か、今では解体されて逮捕されたヒラ以外は行方ゆくえ知れずとか」

「まぁそんな感じだね。ただ、裏では悪徳レベルが段違いなんだ。政府にまで侵食して国を牛耳ぎゅうじっていたとも言われてたもんだから、手出しができなかったんだよ」

「へぇ、そんなことが。僕が知ってたのは表の顔だったんですね……」


 井原警部がなにやらガサガサと音を立てている。


「これが当時の捜査資料だよ」

「えっ、持ってきたんですか?」

「見たほうが分かりやすいからね」


 目の前に資料が置かれた。


「あの時、エニーは——」


 井原警部は何も見ずに話し始めた。記載量は多くないとはいえ、さすがに暗記するのは難しい。それほどこの資料とにらめっこをしたのだろう。


 結局分かっているのは、エニーが安黒金融の全資産を盗んで廃業に追い込み、帳簿に記載のあった被害者たちに利子分を返したこと。そして裏金を受け取っていた政府の役人を公表し、日本中を震撼しんかんさせたこと。もちろん、その役人は刑務所に入れられている。

 ただし、安黒金融の重役たちは国外に逃亡しており、今なお行方が分かっていない。これは自分の記憶どおりだ。


「エニーは悪党からしか盗まないけど、逮捕に協力するわけじゃないんだよね。まぁそれは警察の仕事だからなんとも言えないけど」

「我々に期待してるってことじゃないですかね」

「なら俺たちは、犯罪者の期待にこたえないといけないわけか……はっはっは」


 笑い事じゃないと思うけど……。井原警部は見た目どおりのゆるい人なのかもな。


「すみません」

「ん?」


 聞いておきたいことが浮かんだため、話が進む前に質問することにした。


「少し気になったのですが、窃盗系は刑事部捜査三課が担当するのが普通ではないですか? なぜここが担当なのでしょうか?」

「あぁそれね。エニーが出現した当初は、君の言う捜査三課が担当する予定だったんだけど、エニーは国籍が分からない上に単独か組織かも分からない。さらには世界中での犯行。そういうこともあってここが担当になってるんだよ」

「なるほど……そういうわけですか」

「ちなみに、俺の見立てだとエニーは単独だと思う」

「どうしてですか?」

「刑事の勘だよ」

「はぁ」


 それは見立てではないと思うけど……刑事の勘はよく当たると聞いたことがあるし、一概に否定はできないか。僕が事件を解決できたのも、その力がないと言えば嘘になるし。

 それより、エニーについて話す井原警部はなんか楽しそうだな。


「次に進んでいいかい?」

「はい、大丈夫です」

「んじゃもうひとつ。こっちは世界的に有名な国際的テロ支援組織『ディアボリ・ソキウス』の件について」

「ひと昔前に聞いた名ですね」


 確かラテン語で『悪魔の相棒』という意味だったはず。

 目的は明らかにされていないが、悪党どもに武器を売ったり情報を売ったりして、意図的にテロを発生させていた組織だ。


「あれは中東でのことだから詳しい資料はないんだけど、組織の武器保管庫にあるすべての武器を盗んでおもちゃの武器と交換したり、機密文書を盗んだあと赤ちゃん言葉に書き換えて元あった場所に戻したりと、それはもう大暴れしたんだよ」

「完全に子ども扱いじゃないですか」

「組織は解体しなかったんだけど、大ダメージを受けたことで依頼は激減したそうでね。やめときゃいいのに、今ではエニーに復讐ふくしゅうするつもりらしいよ」

「やり返されるのがオチな気がしますね」

「だな」


 井原警部が大笑いをかましていると、また疑問に思うことがあった。


「警部」

「ん?」

「今までエニーは相当なことをしてきたと思いますが、なぜ逮捕できないのでしょうか? 世界中の警察も追ってるんですよね?」

「もちろん国際手配はされてるよ。インターポールから捜査協力の要請だってあるし。ただ、どの国も今のところ成果はないね。まぁ正体不明だから無理もないよ、はっはっは」

「インターポール……」


 そんなに規模が大きい人だとは思わなかった。不謹慎だけど、一度でいいから見てみたいな。


「今のを聞いただけでも、とんでもない怪盗がいたんだなって分かりました」

「そうだろそうだろ〜」


 怪盗講座が始まってからもう数十分が経っている。そろそろ話すこともなくなるだろうと思っていたが、井原警部の口は閉じることがない。それほど話したいことがあるのだろう。

 これ以上聞いてると他の仕事が遅れる。ここらでいったんやめてもらおう。


「あの、警部」

「ん?」

「ちょっとまだやることあるので、また今度でもいいですか?」

「あぁ、結構話しちゃったな。ごめんごめん」

「いえ」


 タイミングを逃さないように席を離れようとした時、井原警部が僕を止めた。


「あっそうだ、最後に伝えることがあったんだ」


 なんだろう。いつか一緒に捕まえようとでも言うのかな。そんな熱血な感じには見えないけど。


「怪しい人物を見つけたってさっき言ったけど、君にはその人物の身辺調査をお願いしたいんだよね」

「……え?」


 井原警部から放たれた言葉に、僕は開いた口がふさがらなかった。

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