第18話 仮泥棒の身辺調査(1)

 立ち話もなんだからと、僕は再び席に戻された。


「いやぁ悪いね」

「いえ」


 井原警部はホワイトボードに書いたものを消しながら話し始めた。


「元々エニーっぽい人物を見つけたら俺が調査するつもりだったんだけど、ちょうどいいタイミングで君が配属されたもんだからさ」

「自分で言うのもなんですけど、僕だと新米すぎません?」

「誰でも最初はそうでしょ。何事も経験あるのみだよ」

「それは分かってますけど、一番詳しい警部がやったほうが得るものは多いと思います」

「いや、エニーに対しては逆なんだよねぇ」

「どうしてですか?」


 井原警部がどことなく悲しげな表情になった。


「俺が一番詳しいのは、エニーと直接対決した回数が一番多いからというのは分かるよね?」

「はい」

「そうなると、エニーにとって警察内で一番詳しい人物は必然的に俺ってことになるんだよ」

「あっ……」

「つまり、俺が調査するとすぐに悟られて八十億人の中に消えていくんだよ。世界中のどこにでも現れるわけだから、見つけるのは至難のわざだよね」

「天文学的確率ですね」

「エニーだと確信したときはもう追うだけだから全然いいんだけど、そうじゃないときは俺の記憶と経験は逆効果なんだよねぇ」


 エニーとの関係が長くなればなるほど、エニーに近づくのが難しくなるということか。皮肉なもんだな……。


「分かりました。自分がやります」

「ありがとう、助かるよ。まぁ嫌でもやってもらうんだけどね、はっはっは」


 ちゃっかりしてるなぁ……。


「ちなみに、現在その人物に対して被害届は出されていますか?」

「いや、特にはないよ」

「ではその人物が犯罪まがいのことをしているということですか?」

「いや、それもないね。ただの個人事業主っぽいから」

「え?」


 被害届も出てないし、犯罪行為をしてるわけでもないのに調査? それもただの個人事業主に対して?


 僕が首をかしげていると、井原警部が笑った。


「そりゃ疑問に思うよね。まぁ今からちゃんと教えるから大丈夫だって」

「はぁ」


 井原警部は自分のパソコンをホワイトボードの横に置いてあるモニターに接続した。


「ちょいと待ってね……あっ、これこれ」


 画面が切り替わり、あるサイトがモニターに表示された。


「返すことを前提に盗みに伺います? なんか危なそうなタイトルですね」

「怪盗っぽいって思わない?」

「うーん……僕には小規模詐欺グループの偽サイトにしか思えませんけど」

「まあまあ、とりあえず読んでみてよ」

「分かりました」


 エニー歴が長い井原警部が怪しむぐらいだから望み薄ではないだろうと思ったが、サイトの記載内容に目を通したところ、ただただグレーな事業としか思わなかった。


「どう思う?」

「そうですね……さっき聞いたことを参考にすると確かに怪しいとは思いますが、エニーがこの事業をやる意味が分からないのでなんとも言えないです」

「やっぱそうだよねぇ……まっ、そこは依頼してみてからだね」

「依頼するんですか?」

「そりゃあ、そうしないと連絡手段がないからね」

「こういう系のサイトは普通ありますよね? どこかに小さく記載されてるんじゃないですか?」

「いや、どこにもないよ。前にも確認したし。おそらくイタズラ回避のために、連絡できるのは依頼のステップを踏んだ人のみにしたんだろうね」

「住所……もないですね」

「事務所を持たずに仕事をするのは今じゃ珍しくもないよ」


 ということは、身辺調査の対象である本人にコンタクトを取らないといけないわけか。これはなかなかハードだな。


「じゃあ依頼するしかないですね」

「よろしく頼むよ」


 僕は依頼ボタンを押した。依頼フォームにある『侵入先の住所』という項目は、井原警部と相談した結果、僕の家になった。もちろん、連絡先も自分の携帯番号だ。


「ちなみに、電話がつながったらすぐに警察だと伝えて職質協力してもらいますか? それとも、とりあえずは仮泥棒としての仕事を見てから決めますか?」

「後者だね。いきなりだと警戒されて尻尾を掴めないだろうし」

「分かりました」


 入力を済まして送信し、画面に表示された電話番号を登録すると、すぐに電話がかかってきた。


「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。林部はやしべさまでお間違いないでしょうか?」

「はい」


 仮泥棒のイフ——今は仮エニーとしておこう——は、そのまま依頼の確認を簡単に済ませ、二日間の下見が終わったらまた連絡すると言って電話を切った。


 声だけだから男であることくらいしか分からなかった。

 もし本物のエニーなら僕より年上だろうけど、さっきのが年下だとしても別に違和感はない。


「下見の間に何を聞くかは考えておいてね」

「分かりました」

「んじゃ、あとは頼んだよ」

「はい」


 会議室から出たあと、井原警部は他の用があるということでどこかへ行ってしまった。

 立場上やることは僕より多いだろうに、わざわざ怪盗講座を開いてくれたんだよな……。これは何かしらの手がかりは持ち帰りたい。


「まっ、その前にやることはやっとかないと」


 今回の依頼に集中できるよう、僕は残っていた仕事を猛スピードで片付けた。

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