第19話 仮泥棒の身辺調査(2)
依頼してから二日が経った。今日は仮エニーから下見完了のお知らせが来ると思われる日だ。
この期間に質問内容は軽く考えてメモはしたものの、どれも聞いてどうすると自分の心が言ってくる。うるさいからアドリブでいこうか。
自宅にペットの見守りカメラを設置して密かに監視する方法も浮かんだが、まだ何もしていない相手に対してそんなことはできない。
できる限りで調査するとなると、結局は依頼が終わる直前に職質するしかない。
そもそも電話で職質することがおかしいだろうから、いっそのこと直接会うことが可能か聞いたほうがいい気がする。サイトには『基本的に電話でやり取り』と書いてあるが、例外にしてくれと頼んでみようかな。
サンドイッチを食べながらそんなことを考えていると、仮エニーから電話が来た。
「林部さま、下見が完了しましてこれから本作業に入ろうかと思いましたが、誠に勝手ながら今回はここで終わらせていただきます」
「……えっ、どういうことですか?」
「失礼ですが、林部さまは警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課の人間ですよね?」
「なっ、ど、どうしてそれを」
「下見の時点で身辺調査をする泥棒は世の中にたくさんいますから、私はその中のひとりになったまでです」
「な、なるほど……」
仮エニーは泥棒の友達でもいるのか?
それにしても、下見の時点で警察だとバレていたとは。これじゃ最初に質問するのと変わらない。
「申し訳ないのですが、警察からの依頼は受けないことにしております」
「それはどうしてですか?」
「詳しくは言えませんが、過去に警察の勘違いで非常に面倒なことになったのです」
「そうでしたか……」
「同じようなことになると個人事業主としてはたいへん迷惑ですので、いかに林部さまに問題がなくてもお断りさせていただきます」
ここまで言われたら仕方ないか。
「分かりました」
諦めようかと思ったが、
「簡単に引き下がるということは、最初から依頼目的ではなく警察としての仕事なのではないですか?」
仮エニーはこちらの計画を察していたようだった。
やられた……。さっきのエピソードは罠だったか。もう正直にいこう。
「失礼しました。おっしゃるとおりです。なにぶん、直接コンタクトを取る方法が依頼しかなかったものですから」
「おそらく、職務質問ですよね? 聞きたいことがあれば答えられる範囲でお答えしますよ。依頼は受けませんが警察に協力しないわけではないので」
ははっ、すべてお見通しか。なら気にする必要はない。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて普段どおりでいかせていただきます」
「どうぞ」
まずは強めのジャブだ。
「いきなりですが、電話ではなく直接会ってやり取りすることは可能ですか?」
「可能ではあります。ただ、よほどの理由がなければしません」
「例えばどんな?」
「そうですね……今にも死にそうな状態とかですかね」
「ほぼゼロじゃないですか」
「私は仮で泥棒をやっていますが、できるだけ本物に近づけています。泥棒が自分から正体を明かすわけありませんから、私もそうしているのです」
「なるほど」
確かに筋は通ってる。これなら個人情報を聞かれても逃げ道はあるわけだ。
聞いても意味ないだろうから次にいこう。
「仮泥棒以外に何か仕事はやってますか?」
「いえ」
「そもそも仮泥棒はあなたひとりですか?」
「はい」
「助手はいないのですか?」
「はい」
「では完全にあなたひとりと……なるほど」
あまり長くやっても得るものは少ないだろうから次で終ろう。
そうだな……エニーの名前を出して動揺するかだけ確認するか。
「最後になりますが、怪盗エニーという人物を知ってますか?」
「耳にしたことはありますが、詳しくは知りません。その方がどうかされたのですか?」
「あぁいや、数年前に消えたっきりなので気になってまして。似たような業界だと思うのでもしかしたら知ってるかなと」
「お力になれず申し訳ありません」
「ちなみになんですが、もし身を隠してるとしたらどこにいると思いますか? 泥棒の観点から教えていただきたいです」
仮エニーは少し黙ってから口を開いた。
「泥棒と怪盗は別物ですので参考になるかは分かりませんが、人の多い場所が一番かと思います」
「そうなんですか? 人目を避けるほうが安心だと思いますけど」
「ウォーリーを探すのは難しいですよね? 木を隠すなら森の中です」
「あぁ、確かに……」
「それに、人はあまり他人のことを見ないものです。そんな中にまぎれ込んでしまえば、見つけるのは相当難しいでしょうね」
「参考になりました。ありがとうございます」
「いえ」
収穫はないに等しいか……。
「今日はご協力いただきありがとうございました」
「こちらこそ、仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。下見分の料金を頂くとかはないのでご安心を」
「すみません、ありがとうございます」
「林部さまが警察でいる間は簡単な協力しかできませんが、必要とあらばまた連絡してください」
「あっ、ご丁寧にどうも」
「それでは、失礼します」
電話が切れたあと、井原警部が笑みを浮かべながら近づいてきた。
「ご苦労さん。どうだった?」
「すみません。下見の時点で警察だとバレたので仮泥棒としての仕事は確認できませんでした」
「そうか……」
「ただ、いくつか質問はできました」
僕は仮エニーとの会話内容を伝えた。
「ほう……」
「正直、エニーかどうかは分かりません。仮の泥棒に徹している感じだったので」
「そのプロ意識がエニーっぽいんだよねぇ」
「そうなんですね」
「まぁ新米にしてはよくやったよ。ありがとう」
「いえ。調査報告書はどうします?」
「あぁ……適当に書いちゃって」
「分かりました」
変なところ抜けてる人なんだよなぁ……。
そう思いながら井原警部を見ていると、見た目にそぐわない表情に変わった。その様子はまるで、簡単そうで難しい謎解きを目の前にした子どものようだった。
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