お茶の子さいさい

第1話 閑静な住宅街(1)

 本当に静かね……。

 朝にゴミ出しをする時や夕方の買い物帰りの時など、私はいつもそう思う。

 ここは閑静な住宅街。人通りは少ないし、近くに大きなお店もない。

 不便と感じる人は多いけど、私みたいに静かな環境を好む人にとっては、とても過ごしやすいと思う。


 ただ、最近気になるニュースを耳にしたことで、私の気持ちは揺らいでいた。


『ここ数週間で空き巣の被害が増えております。特に、閑静な住宅街の被害が多いようです。被害範囲が狭いことや犯行の手口が異なっていることから、警察は複数人からなるグループによる犯行の可能性が高いとみて、捜査を進めています。出かける際の戸締りはもちろん、普段から防犯意識を高くして過ごすことが重要です』


 この辺りで空き巣被害の話はまだ出ていないけど、やっぱり心配だわ……。

 頭の中で反復しているこのニュースのせいで、私は引っ越しまで考えていた。


「お母さん、またぼーっとしてるよ」

「あー、ごめんごめん」

「まだ悩んでんの?」

「うん……」


 娘は細かいところによく気づく。私の考えていることなどお見通しなのだ。


「じゃあ行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃーい」


 旦那はいつもこう。私の悩みを気にすることが今まであったかしら……。


「あっ、弁当持った?」

「うん」

「気をつけてね」

「うん」

「行ってらー」

「……」


 中学二年の息子は反抗期とまではいかないけど、とにかく反応が薄い。まぁ仕方ないか。


「で、どうするの?」

「えっ?」

「私、さすがに引っ越したくないんだけど」

「そりゃ私だってずっとここにいたいわよ。でも、静かなことが怖いって思い始めちゃったら止まらなくて……」

「じゃあさ、うちもワンドアツーロックにすれば?」

「ワン……それ何?」

「ドアの鍵を二重にするってやつなんだけど、まあまあ効果あるみたいだよ」

「へぇ……そうなの」

「簡単に取り付けられるタイプもあるみたいだから、ネットで調べてみたら?」

「そうね。あとで調べてみる」

「じゃあ、もう行くね」

「ええ、行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」


 今年で十七歳か……。もう大人ね。

 娘が高校へ向かったあと、私はスマホのロックを解除し、ネットで『ドア 二重 鍵』と検索した。



 ——数日後。


 簡単に取り付けられるタイプの鍵が届いた。

 私は意外と決断が早い。気になったものはすぐチェックするし、欲しいと思ったものはすぐ買ってしまう。


「買ったんだ、その鍵」

「うん。今日から試してみる」

「外付け用でしょー? ちょっとめんどそうだね、それ」

「えー、そんなこと言わないでよー」

「あはは、ごめんごめん」

「もう……」


 私は三人が家を出たあと、二重ロックをドアに取り付けた。

 我が家の防犯レベルが少しだけ上がった気がする。これでしばらくは様子見ね……。



 それから数日が経ち、私はまた不安に襲われた。


「あれ、効果あるのかしら……」

「そんなの泥棒が来ないと分からないよ」

「でも……」

「もう心配しすぎ!」

「だって怖いじゃない!」

「そんなに心配なら、泥棒の専門家とかに相談すれば?」

「何よそれ。そもそもそんな人いるの?」

「さぁ?」

「もう自分から言っておいて……」

「じゃあ仮泥棒って調べてみれば?」


 私が娘と話している時はいつも黙っている息子が、突然口を開いて謎の単語を発した。


「か、仮泥棒? それって有名なの?」

「学校でね」

「へぇ……」

「私も初めて聞いた」

「まぁ誰も試してないけど」

「えー、それはちょっと……」

「いいじゃん! とりあえず調べてみようよ!」

「……そうね」


 息子からのアドバイスが嬉しかったのと、娘に背中を押されたこともあり、私はスマホで仮泥棒について調べてみた。

 すると、検索結果の上のほうで、それらしきホームページをひとつ見つけた。


「これかしら……」


 リンクをタッチしてみると、今まで見たこともないくらいシンプルな画面が表示された。


「何そのシンプルなサイト。ウケるー」


 娘は笑いながらサイトを見ていたが、私の目はどんどん文字を吸い取っていき、気づけば依頼ボタンを押していた。


「えっ、依頼するの!? なんか怪しくない?」

「こんなにシンプルにしてるってことは、それだけ腕がいいってことでしょ?」

「そう……なの?」

「派手なサイトほど中身が薄いものよ」

「あはは、それはあるかも」

「……」


 私は依頼フォームに必要事項を入力した。

 そして依頼完了後、画面に仮泥棒の電話番号が表示され、電話帳登録を促された。

 いつ電話が来るか分からないからすぐに登録しておこうと思った私は、電話帳アプリを開き、名前と電話番号を入れて登録した。


 ♪♪♪


 着信があったのは登録してすぐのことだった。


「えっ、早すぎない? これ大丈夫?」

「こわ」

「ちょっと、脅かさないでよ!」


 私は少しだけ怖かったが、自分の勘を信じて、恐る恐る電話に出た。


「もしもし……」

「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。里崎さとざきさまでお間違いないですか?」

「あっはい、そうです」

「さっそくですが、依頼の確認をさせていただきます」

「はい……」


 仮泥棒のイフさんは、巫女さんのような優しい声で話し始めた。

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