第29話 あざ笑う宝物(1)

【オープン記念! 高額買い取り実施中!】


 店頭にある看板で注目を集めようとするこの小さなリサイクルショップは、昨日オープンしたばかりだ。店内には元から集めていた中古品がいくつかあるが、始めたては赤字覚悟でどんどん商品を集めるほうがいいだろうと思い、とりあえず期間限定で高額買い取りをすることにしたのだ。


 そうそう。ここまで言えば分かると思うが、この店のオーナーは私だ。十年以上前からこういう店を持ちたかったのだが、ついに脱サラに成功して念願叶ったわけだ。

 まぁ、まだまだこれからだから、ほんとの意味で成功したのかは疑問だけど。


「それにしてもいい場所見つけたなぁ。なかなか運がいいかもしれん」


 再開発されるという噂もある、ちょっと古めの商店街の近くに店を構えたわけだが、ここも案外捨てたもんじゃない。人通りは思ったより多いし、世代もバラバラ。いい具合に宣伝できれば、多種多様な品物を集められそうだ。

 もしかしたら、宝石とか骨董品とかも見ることができるかもしれん。そのときは、必ず手に入れて店に並べよう。一時的に火の車に乗ることはあるかもしれないが、そのまま地獄に行くことはないだろう。金は天下の回りもの。いいものが店に集まれば、いいお客さんも増える。心配することはない。


「買い取り品だらけになって店の中がパンパンになったらどうしようか……」


 保管専用の倉庫でも借りようかな。それでカタログを用意して、見たいと言ったお客さんだけ倉庫に案内するとか。もしくは別の日に予約してもらって、お客さんが来るまでに倉庫内の該当品を店に持ってくるとか。

 んー、どうしようか……。


「いやいや、早すぎるって」


 まだ昨日オープンしたばかりなんだから、こんなこと考えたって意味ないだろ。気持ちだけが前に前に。これじゃいい機会を逃してしまう。

 まずは落ち着こう。そしてよく周りを見よう。この世界は何が起こるか分からないんだ。半年も経たずに閉店する可能性だってある。そんなのはまっぴらごめんだ。

 まずいな。ひとりだといろいろ考えてしまう。


「はぁ……コーヒーでも飲むか」


 小さな店の奥には、これまた小さなキッチンがある。ここに住むわけじゃないから、最低限のサイズでいいのだ。

 ただ、コーヒーメーカーだけはかなり奮発した。別に自分が飲むだけなら缶コーヒーでもいいのだが、査定待ちのお客さんに美味しいコーヒーを飲んでもらって、少しでもこの店を気に入ってくれれば、リピーターになってくれるかもしれないから。


「カフェのマスターかって」


 私は狭いスペースに立ったまま、熱々のカップにゆっくりと口をつけた。


「……美味いな」


 カップからゆらゆらと上昇していく湯気。見ているだけで落ち着ける。

 ちょっと前までは会社で同じようなものを見ていたが、あの時はこんな気持ちにはならなかった。心に余裕が生まれると、人はこんなにも変わるものなのか。


『ママー、この店なーに?』


 店の外から可愛らしい声が聞こえてきた。

 子どもの好奇心というものは、えてして大人を驚かせる。私も昔はそんな子どもだったな……。

 懐かしんでいる間に母親が何かを呟いていた気がしたが、そのまま離れたようで店に入ってくることはなかった。

 基本的には大人が入る店に違いないが、子どもが入りにくいような店にはしたくない。別に見るだけで入ってもいいのだ。ここにはワクワクがいっぱいあるのだから。

 運が良ければ子どもから親へと情報が流れて、珍しいものに出会えるかもしれないし。

 こんなことを言うと「子どもを使うな」なんて言われるんだろうけど、別に狙ってやってるわけじゃないし、お金目的でもない。ただ、店にいろいろなものが集まるのが嬉しいってだけだ。


「私もたいがい子どもだな」


 この店の外観は『ありきたりなリサイクルショップ』という感じだ。今のままでは入ろうという気持ちにはならないかもしれない。


 世界には、パリにあるルーブル美術館や、ニューヨークにあるメトロポリタン美術館など、それは豪華な美術館がいくつもある。

 外も中もどちらも素晴らしいものを参考にする、かつリサイクルショップと美術館を比較するのはどうかと思うが、もし中の展示情報がまったくなかったとしても、世界中の人々が訪れることに変わりはないだろう。それだけ外観は重要なのだ。入ってみたいという気持ちにさせることが何よりだから。


 見た目に力を入れても中身が伴わなければ意味はないが、少しは外観も考えるべきかもなぁ……。

 ただ、今はそれよりも、中身のワクワク感を増やすべきだと思う。珍しいものを置けば自然と噂は広がるだろうし、それがコレクターの耳に入れば、より珍しいものを見ることができるかもしれないから。


 どう頑張っても不良品としか査定できないものでなければ、とにかくなんでも買い取る。それをこの店の最大の特徴にすれば、知名度が上がることは間違いない。

 いいものが店に集まれば、いいお客さんも増えるのだ。


「さて、チラシ配りでもやりますか」

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