第28話 消える在庫
「たいへんお待たせいたしました。倉庫内もくまなく探したのですが見つからず……。どうやら在庫数にズレがあるようでして、今現在、当店にはこちらの商品の在庫がありません。他の電動歯ブラシでしたらご案内できるのですが……」
「そうですか……じゃあ別の店で聞いてみます」
「申し訳ございません」
ここ最近、データ上の在庫と実在庫にズレが生じることが多くなっている。
お客さまに在庫の有無を聞かれて、その場でタブレットで確認すると在庫はひとつある。それなのに、売り場にも倉庫にも在庫が存在していないことがしばしば。
たまに忙しくて商品だけ取り置きしてるときも同じような状態になるが、それはただの共有漏れでしかない。実際になくなっているのとはワケが違うのだ。
データ上で複数個あるときなら、多少ズレていてもお客さまに迷惑をかけることは少ない。ただ、データ上でひとつしかないときに実在庫がゼロだと、お客さまに迷惑をかけてしまう。
『さっきはあるって言ったじゃない!』
『ちゃんと管理してるんですか?』
お客さまが怒るのも当然だ。悪いのは店側なんだから。
「店長」
俺はさっきの出来事を伝えた。
「またか……これで何回目だ?」
「多すぎてもう数えてませんよ」
「弱ったなぁ。早く原因見つけないと店の評判ガタ落ちだぞ」
この店は在庫が全然ないというレビューを見たからか、店長は焦っていた。それもかなり。
分かっているのは、
つまり、いつ在庫が消えているか、なぜそれが消えているかなどは、まったく分かっていない。
「君もリーダーなんだから少しは考えてくれんと」
「すみません」
今まで考えても何も出なかった。普通の考え方じゃダメなんだろう。
他のリーダーたちにも協力してもらってはいるが、解決策はいっこうに出てこない。
「なんかこう……別の観点から考えられればいいんだけどねぇ」
店長の言葉でふと頭に浮かんだことがあった。
『専門家』
別の観点ということは、俺たち販売員とは別の職業ということになる。それに、細かい調査ができることが望ましい。思い浮かぶのはやはり警察か探偵だ。ただ、どちらも頼むにはちょっと勇気がいる。
そもそも警察に関しては、事件が起きてるわけじゃないから取り合ってくれるかも分からない。探偵も同じようなものだろう。
他に相談できる機関みたいのはないのかなぁ……。
*
「
「はい、分かりました」
仮泥棒という謎の業者を知ったのは、今から四日前のことだ。
退勤後にいつもどおり東海道本線に乗った俺は、車内広告に目を引かれた。そこには『セキュリティ調査は我々におまかせ』と書かれていたのだが、そもそも店舗のセキュリティに問題があるから在庫が消える現象が起きていると思わされた。
そこから仮泥棒にたどり着くのは早かった。スマホでセキュリティ関連の業者を適当に調べていたら、すぐに見つかったのだ。
ちなみに、広告にあった会社に依頼するのは簡単に流されてる気がして嫌だったから調べもしなかった。俺、ひねくれ者だから。
ただ、感謝はしてる。ほんとに。ありがとう、株式会社……なんちゃら。
「三内さん、三内さん。ちょっと事務所まで来れますか?」
「はい、すぐ行きます」
俺は店長に呼ばれて事務所に入った。
「なんですか?」
「さっき報告があったんだけど、また在庫がなくなってるって。今度は電気シェーバー」
「またですか。しかも再びの小物系」
「まさに神隠しだね」
「ははは……」
「で、なんかいい案浮かんだ?」
やっぱり本題はこれか。俺以外のリーダーが呼ばれないのは、消えてる商品のほとんどが俺の担当だからだろう。
「事後報告になってしまいますが、一応セキュリティの専門家に依頼してあります」
「セキュリティ? そりゃまたなんで?」
「万引き防止センサーも完璧ではないと思うので、一度、店舗全体のセキュリティを見直したほうがいいかなと」
「はぁ、なるほどね」
「おそらく今日中に連絡が入るので、何かしら進展はあるかと思います」
「だといいね」
売り場に戻る前に水分補給をしていると、ポケット内のスマホが断続的に震えた。取り出して画面を確認すると『仮泥棒のイフさん』と表示されている。
「あっ、来ました」
「タイミングいいね〜」
俺は店長に許可を得て事務所内でそのまま電話に出た。
「三内さま、三日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
「はい」
「まず、今日までに何か気づいたことはありますでしょうか?」
「まったくありません」
「そうですか」
「ちなみに、盗み出すのは簡単でしたか?」
「はい」
「あぁ、ということはやはり、店舗のセキュリティに問題があるのですね」
「それについては少し長くなるのであとでお話しします」
一番重要な部分を後回しにしたということは、かなり問題があるのか……。
そう思っていると、イフさんは連絡事項を淡々と話し、すぐに待ち望んだパートが来た。
「では、セキュリティ面についてです」
「はい」
「結論から言いますと、お店の裏側に問題があります」
「えっ……」
「万引き防止センサーはもちろん完璧ではありませんが、設置されているだけでも抑止力になります。店内の防犯カメラの位置も適していて、スタッフの声かけもしっかりされていました。ですので、お店の表側に問題はありません」
「あぁ、なるほど」
「問題は裏側です」
「裏側……従業員が出入りできるところってことですか?」
「はい」
「でもモールですから、防災の人とかいますよ」
「ええ。ですが、その方たちはわざわざ手荷物検査はやらないですよね?」
「まぁ、そうですけど……」
「つまり、スタッフになりすましてしまえば、誰でも簡単に侵入できる状態なのです」
「あっ、確かに……」
「そして、簡単に侵入できるということは脱出することも可能なわけです。トラップでも仕掛けていない限りはですけど」
「……普通の店舗にあるわけないですね」
「はい。ですので、お店の裏側もしっかりとした対策が必要になります」
イフさんはそのまま具体的な対策案をいくつか教えてくれた。その中でも一番簡単で一番効果的なものを、今まで
スタッフに対する手荷物検査だ。
「ちなみに、私が盗む候補にしていたものがいくつかあるのですが、データ上の在庫と実在庫にズレが生じていました。そのリストも明日お店に届きますので、ご参考までに」
「わざわざありがとうございます」
「他に何か確認しておきたいことはありますか?」
「大丈夫です」
「では、これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「ありがとうございました」
電話が切れたあと、店長に話した内容を簡潔に伝えた。とりあえずは明日確認しようということで、この日はいつもどおりに過ごした。
——翌日。
店舗に届いた箱の中身を確認した。イフさんが盗んだものはドライヤーだった。箱ごとだから意外に大きいはずだが、それでも盗み出している。それほど現状のセキュリティがガバガバなのだろう。
そして問題のリストを確認してみると、ほとんどがカバンに入れて持ち帰れるサイズのものだった。
「これは……」
俺は店長にこのことを伝え、スタッフが帰る前にしっかりと手荷物検査を実施することにした。それも、細かくやることは誰にも伝えずにだ。
退勤時間になり、ひとりひとりしっかりと確認していくと、ベテランの女性スタッフがカバンの中身を見せるのを渋っていた。
できればこの店の従業員ではなく別テナントの人間の
「はぁ……」
あとで分かったことだが、今まで在庫が消えていたのもこの女性スタッフの犯行によるものだった。もちろんすべてではないが、少なくともイフさんのリストにあったものは全部そうだった。
俺は悔しかった。今まで一緒に働いてきた仲間の裏切りが。そしてそれよりも、自分たちがしっかりと対策していれば、ひとりの仲間が道を外すことはなかったかもしれないということが。
これ以降、この店舗では出勤時と退勤時にしっかりと手荷物検査をすることになった。もう二度と、同じ悲しみを味わうことがないように。
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