第27話 感じる視線(2)

 イフさんと話してからの三日間は、いつもより視線を感じなかった。イフさんに頼んだことで、解決するかもしれないという気持ちが高まったからかもしれない。

 人間の脳みそのことはよく分からないけど——もちろん他の生き物の脳みそのこともよく分からない——期待感が不安感を消してくれたのかも。

 不安感が強ければ強いほど脳みそがどうにかなって、見ちゃいけないものが見えちゃうのかもしれないし。


 そんなことを考えながら玄関のドアを開けると、突然スマホに着信が入った。


「真庭さま、お待たせいたしました。下見が済みましたので、今日から四日以内にご自宅にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」

「それは、気にするなってことですか?」

「簡単に言うとそうなります」

「すみません、気にするなって言われると気になっちゃうんですけど……」


 それが人間なんじゃないの? 先生に言われた時もそうだったし。


「それはそれで大丈夫です。私がお伝えしたいのは、あくまで普段どおりの真庭さまでいてくださいということですので。普段からいろいろと気にすることがあるのでしたら、私のことを気にしても普段どおりと言えるでしょう」

「あっ、はい。分かりました」


 頭がこんがらがって適当に返事しちゃったけど、とりあえず普通に過ごしてればいいってことよね。


 電話が切れてから少し時間が過ぎたところで、インターホンが鳴った。いつも同じ時間だから分かる。家庭教師の先生だ。


「お邪魔します」

「どうぞー」

「今日はどうする?」

「んー、どれでも」

「じゃあ古文にしよう」

「えー」

「どれでもって言ったじゃん」

「てへ」


 *


「これ……かな」

「ブブー。正解はこっちでした」

「うわっ、直感に従うべきだったぁ」

「いや、ちゃんと考えようか」

「てへへ」


 *


「それは現在形も過去形も一緒だよ」

「あれ、そうだっけ?」

「中学で習ったでしょ」

「あら」


 *


「絶対これだ!」

「違います」

「はぁ!?」

「ちなみに、この部分は前も間違ってたよ」

「あらら」


 *


 予告されてからの四日間は、いつもと変わらなかった。このは、全然頭が回らなかったってのもあるけど、イフさんのことも考えなかったって意味。私としては意外だったけど、安心感からのものだと思う。


 そういえば、この四日間も視線はあんまり感じなかった。イフさんパワーすごい! イフさんの影響かは知らないけど。

 とりあえず合計一週間は視線ガクブル生活とはおさらばできたわけだけど、イフさんの仕事が終わればまた戻っちゃうのかなぁ……。いや、セキュリティ面に悪いところがあればそれを改善すればいいのか! そのためのイフさんだったもんね! やばいやばい、忘れるところだった。


 ホームルームが終わって鼻歌を歌いながら学校を出ると、イフさんから電話が来た。


「えっ、今?」


 家に着く時間帯を狙って電話してくると思ってたから少し驚いたけど、最初の時と同じようにすぐに出ないといけない気がしたから、近くの公園で自転車を止めてベンチに座って電話に出た。


「真庭さま、四日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」

「はい」


 イフさんによると、マンション自体のセキュリティや、出入りできる玄関とベランダの状態に問題はないとのこと。


 じゃあ謎の視線はただの勘違いだったのか、よかったぁ。


 このあとは、盗んだものが明日家に届くことと、依頼料の案内が一緒に入っていることを伝えられた。


 あれ、そういえばお母さんから依頼料のこと言われてないけど、私が払うのかなぁ? 盗まれたものは返ってくるから別に気にならないけど……あとでちゃんと確認しよう。


 このことを忘れないようにいったん地面にメモしていると、


「最後にお伝えしておかなければならないことがあります」


 突然イフさんの雰囲気が変わった。


「私が今から話すことは、真庭さまにとってとてもハードな内容です。落ち着いて聞いてください」

「は、はい」


 なんだろう……。


「真庭さまのお部屋にボールペン型の盗撮カメラがありました」

「へっ?」

「そしてもうひとつ。コンセントに盗聴器が仕掛けられていました」

「はっ?」

「私に対して仕掛けてくる人がたまにいるのですが、下見の時点で真庭さまはそういう人ではないと分かりましたので、これらは真庭さま目的のものということになります」


 私は開いた口がふさがらなかった。感じる視線の正体はカメラだったのだ。


「私は警察でも探偵でもありませんので調査はしませんが、先ほどお伝えしたとおりご自宅のセキュリティに問題はありませんので、真庭さまなら誰が犯人か分かると思いますよ」


 それってつまり、部屋に入ったことがある人が犯人ってことよね? しかもバレないかの確認とかデータの確認とかもあるだろうから、頻繁に入ってる人ってこと……。

 いやいや……そんなの先生しかいないじゃん!


 今までの私が嘘のように頭がフル回転した。


「たぶん、分かりました」

「よかったです。一応注意しておきますが、ご自宅に帰られたあとに自分で探そうとはしないでくださいね? バレたことに気づいたら何をしてくるか分かりませんから」

「あっ、はい……分かりました」

「他に何か確認しておきたいことはありますか?」

「いえ、大丈夫です」

「では、これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」

「いろいろとありがとうございました」


 家に着いたあと、いつもと同じ時間にインターホンが鳴った。


 よし……今日で終わりなんだから、最後まで平常心っと。


「お邪魔します」

「……どうぞ」

「あれ、なんか顔色悪くない? どうかした?」

「い、いや……なんでもないです」

「あっそう。じゃあ始めようか」


 このあと先生が帰るまでは、今までで一番怖い時間だった。


 *


 先生が逮捕されてから二ヶ月が経って、やっと視線は感じなくなった。

 そりゃ原因のものがなくなったからって思うかもしれないけど、ちょっと前まではないはずの視線におびえてた。


 あれは完全にトラウマだった……。


 ちなみに、今はもう家庭教師を家に入れることはない。

 もちろんすべての家庭教師が悪いわけじゃないけど、あんなことがあったらもう無理よね。自衛も大事って警察の人たちが言ってたし。

 オンラインレッスンでも必要以上にカメラをオンにしないようにしてる。これでだいぶ気が楽になった。


 まっ、一番の解決策は私が学校の授業をちゃんと受けることなんだけどね(笑)

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