ノーセキュリティ・ノーライフ
第26話 感じる視線(1)
まただ。また誰かに見られてる気がする。振り返っても誰もいない。けど、視線を感じる。
「もぉなんなのこの感じ。キモいんですけど……」
この怪奇現象は少し前から起きるようになった。今まで特におかしなことはなかったのに、いったいなんなんだろう。
事故物件とかじゃないし、マンション自体もわりと新しいから問題はないはず。それなのに、最近よくゾッとする。
霊感はなかったはずだから幽霊の可能性は低いと思うけど……突然変異的な感じで霊能力が生まれたのかなぁ?
「ねぇ、そこにいるんでしょ? 怖いからどっか行ってくれる?」
——ははっ……なにやってんだろ、私。
*
「ここはこの公式を使うから、正解はこうなります」
「そっちかぁ〜」
私はまあまあ頭が悪い。だから家庭教師がついてる。学校の授業についていけないならずっと頼むよってお母さんが言うから、こればっかりはしょうがない。
前までは塾に通ってたけど、私はあの雰囲気が苦手だった。だってあれ、ほぼ学校の授業じゃん? 学校でダメなら塾もダメでしょ。それで家で落ち着いてできるからってことで、家庭教師に来てもらってるの。
大学生がバイトでやってるから最初はどうなのって思ってたけど、学生目線で教えてくれるから分かりやすくて私には合ってると思う。
「じゃあ、次の問題は自分でやってみようか」
「は〜い」
高二になると文系と理系のどっちかに分かれるから、今のうちにどっちでも選べるようにしておこうって先生に言われたけど、正直どっちでもいい。そこで人生が決まるわけじゃないし。
今はただ、やらなきゃいけないからやってるだけ。いつか自分から勉強したいって思えることが見つかればいいの。
「できた!」
「どれどれ……うん、合ってる合ってる。なんだ、できるじゃん」
「チッチッチ、舐めてもらっちゃ困りますな」
「はい、調子に乗らない」
「すみませーん」
「んじゃ、次もひとりでできるね」
「えー、ちょっと休憩」
「はぁ……ちょっとだけだよ」
「いぇーい」
——そうだ、あのこと先生に聞いてみよう。
「先生、勉強とは全然関係ないこと聞いてもいいですか?」
「うん」
「実は、最近誰かに見られてる気がするんです」
「……幽霊じゃん」
「えー、やっぱりそう思います? 今まで霊感なかったのに、急に感じるようになるなんてことあるんですかね?」
「まぁあるんじゃない? 知らないけど」
「自分が関係ないからって適当に流さないでくださいよー」
「そんなこと言ったって、幽霊がいるかどうかは分からないから霊感の有無なんて分からないよ」
「んー、でも……」
「気にしなければ感じないようになるよ、たぶん」
「たぶんかい! まぁでも、確かにそうかもです。気にしないようにしてみます」
「うん。じゃあ続きやろうか」
「えー、もう休憩終わりー?」
「文句言わない」
「はーい」
このあとはなんだかんだで時間になるまで集中した。
先生が帰ったあとはスマホゲームで遊んだりサブスクでアニメを見たりして過ごしたけど、気にしないようにするのは逆効果だった。
どこから見られてるかは分からない。だからこそ、ほんとに鳥肌が立つ。
はぁ、お母さんに相談してみよう……。
*
学校から帰ってきたら、いきなり知らない番号から電話がかかってきた。
いつもは無視するけど、なんとなく出ないといけない気がしたから出た。
「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。
「は、はい……そうですけど」
「この度はお母さまから依頼は受けまして、あとは娘に任せるとのことでしたので、こちらに連絡させていただきました」
「すみません、なんのことだかさっぱりなんですけど」
「伝えておくと言われたのですが、もしかしたら私が連絡するのが早すぎたのかもしれません。ですので、私から簡単に説明させていただきますね」
仮泥棒のイフと名乗る謎の女性によると、私が誰かに見られてる気がするとお母さんに相談したあとで、マンションや部屋のセキュリティがちゃんとしてれば気にならなくなるだろうと思ったお母さんが、ネットで適当に調べてたまたま見つけたサイトで依頼したとのこと。
「なるほど……お母さんに相談したのは昨日の夜なので、たぶん忘れてますね。すみません」
「いえ」
仮泥棒という聞いたこともない仕事についても簡単に教えてくれ、今のだけでもこの人が優しくてちゃんとした人だと分かった。
「確認ですが、このまま仮泥棒としての仕事を続けてもよろしいですか? それとも依頼はいったんなかったことにしますか?」
「あっ、悩みが解決できるかもしれないのでこのままお願いしたいです」
「承知しました。では依頼の確認をさせていただきます」
子どもの私が依頼の確認なんてと思ったけど、イフさんの話し方がほんとに分かりやすくて聞き返すこともなかった。
「確認は以上となりますが、何か聞きたいことはありますか?」
「大丈夫です」
「では最後にお伝えしておくことがあります」
「……はい」
「盗みに伺う前に、三日だけ下見をさせていただきます」
「下見?」
「はい。私はあくまで本物の泥棒として行動しますので」
「あっ、なるほど?」
「それでは、よろしくお願いいたします」
「あっ、こちらこちょ……お願いします」
うわぁ、最後の最後で噛んじゃった……恥ずかしっ!
*
夕食の時間、私はお母さんにイフさんのことを問い詰めた。
「あー、言うの忘れてた。ごめんごめん」
「適当だなぁ」
私が頭悪いのって絶対お母さんの遺伝でしょ。
心の声が漏れないように、熱々のたこ焼きを口の中に押し込んだ。
「あふぅ!」
「なにやってんのよ」
舌は燃えたけど、明日の夕食が豆腐だけになるよりはマシね。
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