第37話 裏社会に差す光明
「じゃあ世界的に大きなことっていうのは、具体的にどんなことをやるんです?」
「それを決めるためにお前らを集めたんだ」
「えっ、じゃあまだ決まってないってことですか?」
「最初に言ったろ。エニーの対策を考えるためだって」
「あぁ」
こいつらは人の話を聞いてないのか? まったく、先が思いやられるぞ。
「自分にいい案があります」
「なんだ、言ってみろ」
「ブルジュ・ハリファって知ってます?」
「ドバイにある世界一高いビルだろ? それくらい知ってるわ」
「すんません」
「で、そこで何すんだ?」
「そこの
「「「「……はぁ?」」」」
「もちろんメモ帳みたいなやつですよ? そしたら気になった人たちが下に群がると思うんで、そこで血の雨を降らせるんです」
「……」
また仕事ができると楽しみにした俺が馬鹿だった。前に戻って自分を呪いたいわ。
「おいおいマジで頭おかしくなったか?」
「今はふざけてる場合じゃないんだよ」
「ふざけてねぇよ」
俺にはかなりふざけてるようにしか見えないが、とりあえず口は閉じてよう。
「じゃあ血の雨ってなんだよ。お前、人でも殺す気か?」
「んなわけねぇだろ。水だよ、赤色の水」
「それでどうなるってんだよ」
「とりあえずは大騒ぎになる。それも世界的なニュースにね。そうすればエニーも気になって出てくるんじゃないの? 知らんけど」
「そもそもドバイにいるのはほとんど金持ちだろ? たとえ本物の札だったとしても群がらないだろ」
「そこはまぁ、人間だし。どんなに持ってても金は欲しいもんでしょ」
「「まぁ……な」」
「一理ある、か」
ちくしょう、俺も少し納得しちまった。
「でもなんでブルジュ・ハリファなんだ? 他にもあったろ」
「世界的に大きなことってことは、それをする場所も選ばなきゃだろ? だから世界一高いビルにしたってわけよ」
「はーん」
「なるほどな」
認めたくはないが、こいつが言ってることは理にかなってる。これまでちゃらんぽらんかと思ってたが、少し見ない間に成長したのかもな。
まぁだとしても……ね。
「悪いがその案は却下だ」
「えー、どうしてですか?」
「メモ帳の偽札と赤色の水で血の雨。こんなんでヤツが来るわけがない。地元警察でさえ来るかどうか怪しい。その場にいる警備員に連行されるのがオチだろ」
「あはは、確かにそうですね」
「それくらい発言する前に考えとけよ」
「うるせぇな。なんか案を出してから文句言ってくれる?」
そのあともいろいろと案は出たが、どれも決め手に欠けていた。
このまま何も出ずに今日が終わってしまうのかと思っていると、ヤツが変装の達人だという情報と先ほど出た偽物というワードが、急に頭の中に流れ込んできて合体した。
「これだ!」
「「ビビったぁ」」
「いきなりどうしたんです?」
「すまんすまん。ちょっと、っていうかかなりいい案が浮かんでついね」
「そこまでのレベルなんですか?」
「おうよ。聞いて驚くな? ヤツになりすますんだよ」
部下たちは顔を見合わせている。何か言われる前にたたみかけよう。
「俺の考えはこうだ。まず、俺たちの中で誰かひとりがエニー役になる。次に、エニー役が適当な場所に犯行予告を出す。そして最後、予告の時間にエニーとして出現する。そうすれば、下手な変装や技術でイメージダウンになると思った本物のエニーが登場する。そこをインターポールかどこかは知らんが捕まえてもらうわけよ」
「そんなうまくいきますかねぇ」
「一度目で現れなくとも、何度か繰り返せば出てくるだろう。ああいうのは芸術家に似た思想を持ってるから、偽物が出回るのは我慢ならないはず」
「「なるほど……」」
「周りの人たちが信じますかね? そうじゃないとさすがのエニーも出てこないと思いますけど」
「捕まらなければ信じるだろうよ。誰もヤツの正体は知らないからな」
「「おお〜」」
「そりゃそうですけど、今まで捕まってないのに急に出てきたエニーを捕まえられるんですかね」
「そこでエニー役以外の出番があるんだよ」
***
そもそも今思えば、具体的な内容がこちらに筒抜けの時点でダメではないか。
こやつらが持ってきている資料の中には事細かに計画が載っている組織もあったが、それは間違いなく論外だろう。
いまだに適した悪魔が見つかっていない。これ以上時間をかけても何も変わらないのではないだろうか。
いや、トップがこんな状態では手下たちもうまく動けまい。私は優れた指導者として、この場に粛々と立ち続けるのだ。
「ボス。テロ組織ではないのですが、ちょっと面白そうな連中を見つけましたよ」
テロ組織ではない時点で悪魔たる力はないと思うが、たまには気分転換も必要か。
「聞こう」
「この連中はいわゆる闇金でして、日本の裏世界ではかなり有名だったらしく、政府の役人とも関係があったみたいです」
「有名だった? 今はそうではないと?」
「はい。そこが面白いところで、実は我々と同じように怪盗エニーにやられた過去があるんです」
「ほう」
「六年ほど前に全資産を奪われて廃業したことで、重役たちは国外逃亡して行方をくらましてます」
ん? 聞き間違い、ではないよな?
「ちょっといいかね」
「はい」
「このアグロという者たちの情報はどこで手に入れたのだ?」
「日本の裏事情に詳しい情報屋からです」
「では、実際にこの連中を目にしたわけではないと?」
「はい」
「ふむ。キサマは行方不明の者たちとどう取引をするつもりだったのかね?」
「あっ……」
「そもそもエニーにやられた過去がある時点で、取引をするに値しないだろう」
「すみません!」
「もうよい。下がりたまえ」
「はっ!」
いったい何を考えているのだ……。
だがまぁ、あやつも悪気があったわけではないだろう。今回は大目に見るとするか。
それにしても、あれは撤回するべきか。あやつの言うとおり、我々もヤツにやられた過去がある。周りも同じような意見を持ってるやもしれん。あとで軽く謝っておくか。
このあとも何枚もの資料に目を通したが、どれも心身を震わせるようなものではなかった。
目の前でゆっくりと進むこの大蛇は、いつになったら巣へと戻るのだろうか。
このまま適した悪魔が見つからなければ、我々が悪魔と化すことを提案してくる者が出てこよう。
オオカミと一緒にいれば吠え方を覚えると言うから、今まで何度も悪魔とともに過ごしてきた我々も、もうすでにその力を有しているかもしれん。
だが、余計なリスクは負いたくない。我々はあくまで相棒なのだ。
どんなに見つからなくても、そこだけは変えてはならない。せいぜい悪魔的な相棒になるくらいまでだ。
「次」
あれこれと考えていると、新たな蛇の頭が持ってきた資料に目が留まった。
中東を拠点とする組織……。細かい記載はないが、とにかく大量の武器を欲していることと、できれば標的の情報を少しでも手に入れたいということは分かる。
まるであの時のような状況だが、これはヤツを引きずり出す絶好のチャンス。我々の名誉を挽回する時も近いだろう。
「諸君! 我々が相棒となる悪魔が決まった。事は早いほうがいい。さっそく取引を持ちかけるぞ」
「「「おおー!」」」
神は我々の敵か味方か。そんなのはどちらでもよい。再びあの怪盗を目にする機会を与えてくれるなら、どちらでもよいのだ。
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