第38話 試金石は突然に

 エニー役以外のやることは単純だ。

 ヤツが現れるまでは近くで待機。出てきたところでドローンを動かし、小型発信機を頭上から落として付ける。こうすればその場で捕まえられなくても、あとで準備した状態で本拠地に乗り込むことができる。

 もちろん、そこは俺たちがやるわけじゃない。受信機を捜査機関に渡すのだ。あとはそいつらに任せて、俺たちは高みの見物ってわけよ。

 それと、ヤツが出てくるまでの間はエニー役のサポートをすることは絶対だ。逃亡時に捕まらないよう嘘の情報を流し、捜査機関を混乱させること。それさえ忘れなければ、本物が出てくるまで耐えることができるだろう。


「それは分かりました。ただ、これはエニー役にかかってます。ほとんどの責任を負うと言っても過言ではないです」

「そうだな」

「まずは誰がエニー役になるか決めましょう。話はそれからだと思います」

「よし」


 黒金メンバーは全員、いい歳こいたおっさんだ。それでも他社と比べればまだまだ若い。この中の誰がエニー役になっても、しっかりと役目を果たすことができるだろう。


 メンバーの顔を見ていくと、これから何をするのか分かったようで、肩を回したり指をポキポキ鳴らしたりした。

 そして、俺の掛け声で男気じゃんけんが始まった……。



「さすがっす」

「やっぱ持ってますねぇ」


 最後まで勝ち残ったのは——俺だ。俺がエニー役に決まった。

 安黒金融のトップとしては部下に任せたかったのが正直な話だが、そんなことを口に出しては誰も従わなくなる。


「まぁ俺に任せておけ」


 これこそがトップの在り方だ。うん。


「でもサポートはしっかりしろよ?」

「分かってますって。んな?」

「おうよ」


 これはひとりでできるような仕事ではないのだ。今のは当然の発言だろう。


「じゃあぼちぼち準備を始めようか」


 必要なのは変装道具と小型発信機。どちらも手に入れるのは難しくない。こいつらならなんとかしてくれる。たぶん。


 信頼と心配が半々になっている時、ポケットからメールの着信音が聞こえた。スマホを取り出して確認してみると、謎の勧誘メールだった。


『セキュリティを見直しませんか?』


 この件名からはなんの魅力も感じなかったが、本文には目を引く部分があった。


『あなたの会社は狙われているかもしれません。今こそセキュリティを見直すべきです。本日中の依頼であれば無料で対応いたします』


 よくよく考えれば、俺たちの計画がエニーに漏れたらすべてが水の泡だ。

 つまり、ここで専門業者に依頼するのはいい選択と言える。ついでに発信機頭上落としが問題なくできるか試すとしよう。


 ふんっ……このメールが届いたのはまさに運命だな。


「どうしたんですか? ニヤニヤして」

「あぁ、ちょっと提案なんだが——」


 俺は『仮泥棒』というセキュリティの専門業者に依頼することを話した。部下たちも納得したようで、気が変わらないうちに依頼してしまおうと思い、メールからホームページに飛んで依頼を済ませた。

 連絡があるまでは準備の続きをするかと声をかけようとしたところで、仮泥棒から電話がかかってきた。


「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。安黒さまでお間違いないですか?」


 流れは俺たちにある。このまま順調に進めば、ヤツを監獄にぶち込む日もそう遠くはないだろう。


 ふんっ……想像しただけで笑えてくる。


 ***


 あそこまで大きな悪魔との接触は久しぶりだったからか、私の体は少しだけ震えていた。といっても、あれは緊張などではない。武者震いだ。

 顔に出ていなければいいが……。とりあえず契約はできたのだ、問題あるまい。


 よし、今まで眠っていた我々の力を目覚めさせる時だ。


「諸君にはさっそく武器の手配をしてもらう。今回はかなりの量が必要になるだろう。だが、焦らず慎重に進めるのだ。相手が相手だ。品質の悪い武器を渡したらどうなるか分からない。とにかく良質なものだけを入手してきたまえ」

「「御意!」」

「それから密偵班。悪魔の標的である組織に近づき、できるだけ情報を集めてくるのだ」

「「はっ!」」

「だが無理はするな。何か問題が発生してからでは遅い。我々の存在がバレてしまっては終わりなのだ。そこは忘れてはならぬぞ」

「「承知」」


 みなが張り切っているのがひしひしと伝わってくる。久しぶりの大きな仕事だからだろう。この部分は私と変わらないな。



 ——それから二週間が経った。


 武器保管庫には悪魔が欲していた量を上回るほどの武器がある。

 これほどの量をたった二週間で集めてしまうとは、やはりディアボリ・ソキウスの組織力は偉大だ。


 本部の書物保管庫には、密偵班が入手してきた機密情報がいくつかある。多くはないが、こうなることは想定済みだ。なにしろ情報というのは一番手に入れにくい。偽情報が混ざる中から見つけ出すのは骨が折れる。

 情報保全に力を入れる組織がほとんどなのは、それさえあれば一国をも滅ぼすことが可能なこともあるからだ。

 今回の標的もかなり力を入れていたようだから、これだけ入手できたのは素晴らしい。


「諸君! さすがはディアボリ・ソキウスのメンバーだ。組織のボスとして、心から感謝する。だが、安心するのはまだ早い。取引が終わるまでは気を抜くでないぞ」


 さて、どこかにミスがないか確認するとしよう。


 簡単なスピーチを終えて書類に目を通していると、近くに置いてあったパソコンに一通のメールが届いた。


『今がセキュリティを見直すチャンスです!』


 件名に興味を持ち、ウイルスチェックを済ませてから中を確認してみると、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。そしてこれがある種の電気信号となったのか、私の脳は一瞬で内容を理解し、これを使わない手はないという判断まで完了していた。


「この発想は今までなかった……」

「どうされました?」

「いや、なんでもない」


 これは誰にも言わないでおこう。そうすればあの時とは違った状況が作り出せる。

 そして仮泥棒を怪盗エニーだと思い込んで動くことで、我々の欠点を見つけられるかもしれん。うまくいけば、より適した対策も浮かぶことだろう。

 それと、各保管庫に取り入れた新たな防犯システムを試すいい機会だ。仮泥棒には悪いが、我々の実験台になってもらおう。


 幸い、取引までは少し余裕がある。さっそく依頼するとしよう。

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