第5話 古風な神社(1)

 日本にある神社仏閣の数は、コンビニエンスストアの約三倍はあると言われている。どちらかは下回っているのではないかとたまに聞かれることがあるが、どちらも上回っているというのが現実だ。

 それにもかかわらず、人々の目に触れる機会は少ない。一度も訪れたことがない人も中にはいるだろう。もちろん、それが悪いことだとはまったく思わない。現代社会は私たちが思っている以上に忙しいのだ。

 ただ、いつか必要とされなくなる時が来るのではないか……そう思うと、やはり心苦しいものがある。


「今日はたくさんの方が来られましたね」

「そうですね。でも、正直なことを言うと……疲れました」

「ふふっ、慣れるまでは誰でもそうなります。ですが、市内にいくつも神社があるなかでここを選んで来てくださるというのはとても嬉しいことです。それだけは忘れてはいけませんよ?」

「はい」

「さぁ、もう少しで終わりです」

「頑張ります」


 社務所で巫女のふたりが掃除をしている。

 こんな会話ができるのも、いつまでだろうか……。



 私が宮司ぐうじとしてつかえているこの神社は、とても古風だ。といっても、現代の建物と比べれば、どこの神社も古風と思うことだろう。ただ、この神社は千年以上前に創建され、今日こんにちまでこの雰囲気が維持されている。見た目からは深い歴史を感じられ、思わず立ち止まってしまう人も多い。そんな人々の顔を見ると、私は自分のことのように嬉しい。


 境内けいだいでは、近くに流れる川のせせらぎや鳥のさえずりが聞こえる。都会の喧噪けんそうとは正反対であるこの場所は、幸い、若い世代の人たちから少しだけ注目を集めている。非日常を味わえる、心から落ち着ける、狛犬や獅子が可愛いなど、理由はさまざまだ。

 はたして、これもいつまで続くことやら……。



 最近では、ペットを連れてくることを許可するところもあるそうだ。これは少しでも神社が近い存在となるための試行錯誤と言えよう。

 この神社はペット禁止としているが、それは境内にたまに現れる野良猫が怯えないようにするためだ。これも参拝者が増えている理由のひとつでもあるため、今のところはペット禁止がなくなることはないだろう。ここに来る猫たちは、ある意味で私たちの仲間なのだ。もしかしたら、神の使いと言うべきかもしれないが……。



 鳥居をくぐる前に一礼し、手水ちょうずで手と口を清め、二礼、二拍手、一礼。この基本的な参拝方法は全国共通だとは思うが、すべての神社を知っているわけではないため、他にもやり方があるかもしれない。もしそうなら、それを取り入れてみるというのも、今の時代ならありなのかもしれない。

 ただ、古風なこの神社をこのまま維持するというのなら、見知らぬものを取り入れることは避けるべきだろう。もっとも、この神社特有のものならば、温故知新は受け入れよう。



 ここまで堅苦しいことを言ってきたが、今の私は毎日のように同じことを考えている。それほどこの神社が好きで、たくさんの人に見てもらいたいのだ。

 恥ずかしながら、この思いの強さが私欲に繋がってしまいかねないと感じることがある。これは立場上、あまりいいことではない。だからこそ、自分の気持ちを外に出すことを避け、いつも心の中に留めているのだ。


 *


 ——ある日。


 休憩に入っていた巫女のふたりが世間話をしていた。


「そういえば、少し前に近くの神社で賽銭さいせん泥棒が出たようですよ」

「そうなんですね……ここもいつか狙われてしまうでしょうか?」

「どうでしょう……ただ、私から見れば今まで狙われていないのが不思議だと思います」

「えっ、そうなんですか?」


 この巫女さんは新人だから、この神社のことをあまり知らないのも無理はない。

 私も最近までは特に考えてこなかった。広島市に住む人々を信じていたというのもあるだろう。


「今まで賽銭泥棒が出なかったから、特に対策されていないのです」

「そうでしたか……」


 もちろん、防犯カメラは設置されている。ただ、実際の泥棒たちは顔を隠しているため、現行犯でないとあまり効果がないのだ。


『常習犯なら体つきや動作の癖から割り出すこともできるが、初犯だとそれは難しい』


 警察がそう言っていたのをテレビで見たことがある。あれはドラマの中ではあったが、考えてみれば当然のことだ。


「でしたら、早めに対策するべきだと思います!」

「私もそう思います」


 ふたりが私を見ている。巫女装束から放たれる清廉潔白な視線が、こんなにも重たく感じるのはなぜだろう……。

 私は自分の心に思いを留めすぎているのかもしれない。たまには自分に正直になってみよう。


「……分かりました。私もいろいろと調べてみます。ですが、宮司としての仕事もありますので、できればお手伝いいただきたいと思っています。お二人も仕事があるので無理にとは言いませんが、力を貸していただけますか?」

「もちろんです!」

「私でよければなんなりと」

「ありがとうございます」


 これは私欲ではない。私たちが仕える神社のためであり、参拝に来られる方々が安心できるようにするためでもある。

 私は自分にそう言い聞かせたが、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

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