第4話 死角の多いスーパー
「店長、これ知ってます?」
アルバイトの学生が俺に見せてきたのは、とんでもなくシンプルなサイトだった。
「なんだこれ」
「俺も最近知ったんすけど、この人に頼めばセキュリティをチェックできるらしいっすよ」
「ほぇー。でも、なんで急に?」
「前に言ってたじゃないっすか、万引きが多いからどうしようって。この人に依頼してみればいいんじゃないすか?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
数ヶ月前に異動してから今日までの間で何度も思ったが、この店は万引きが多い。頻発しているわけではないが、これまでいたことのある店舗よりは多いのだ。他店に比べて規模が少し小さいこともあり、死角が多くなっているからだろう。
とりあえず巡回を増やして様子を見ていたが、このまま改善されない状態が長引けば、さすがに降格も視野に入ってくるよな……。
「それは万引きも対象なのか?」
「細かく記載されてるわけじゃないんで分からないすけど、別にいいんじゃないすか? 万引きも泥棒ですし」
「……そうだな。ちょっとやってみるか」
「じゃあ休憩終わったんで戻りますね」
「あぁ、お願いします」
幸い集客には困ってないから、販促に回す費用をこっちに使うか。
俺はサイトに目を通し、依頼ボタンをクリックした。依頼フォームも変わらずシンプルだったが、ごちゃごちゃしてるよりは好感が持てた。
「よし、送信っと! ん? 電話帳登録もか……まぁそうか」
画面の指示に従い、表示された番号を電話帳に登録した。そのあとすぐ、仮泥棒から電話がかかってきた。
「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。
「はい」
「今から依頼の確認をさせていただきたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
声の感じからすると、俺と同じくらいのジェントルマンだな……。うん、ひとまずは安心だ。
「まず、私が侵入する場所ですが、埼玉県さいたま市——に位置するスーパーでお間違いないですか?」
「はい」
「次に連絡先ですが、私から連絡するときはこちらの電話番号で問題ないですか?」
「大丈夫です」
その後もイフさんは淡々と確認を進めた。
あのサイトの管理者というのも
「依頼の確認については以上となりますが、何か聞きたいことはございますか?」
「聞きたいことはないですが、ひとつだけ確認というか、お願いしたいことがありまして」
「なんでしょう?」
「絶対にお客さまにバレないようにしていただけますか? 勘違いで問題になっても困るので」
「承知いたしました」
即答か。これは腕に相当の自信があるんだな。
それからイフさんは一日だけ下見をすることと、下見が終わり次第また連絡することを俺に伝えて電話を切った。
そういえば、いつ下見に来るか言ってなかったな。さすがに明日はないだろうから、明後日とかだろう。
そう思っていたが、翌日の夕方、スマホに着信が入った。
「前鶴さま、お待たせいたしました。下見が済みましたので、今日から三日以内にそちらのお店にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」
「えっ、それはなぜです?」
「普通、予告してから万引きする人はいませんから」
「ははっ、確かにそうですね」
まぁでも、そういう万引き犯がいたら逆に面白いな。ダメだけど。
「では、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、お願いします」
ここでイフさんとの電話が終わった。
泥棒が来ると分かってるってのは、妙な気分だな。
それからいつもどおりに仕事をしていたら、あっという間に三日経った。この期間は特に怪しい人を見かけなかったから、全然気づかなかったのだろう。
これだからこの店は万引きが減らないんだ……。
そんなことを考えていたら、着信音が耳に入ってきた。
「前鶴さま、この三日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
「……お願いします」
少しは疑ったが、まぁ成功してるわな。
「まず、今日までに何か気づいたことはございますか?」
「いやぁ、恥ずかしながら何も気づきませんでした」
「そうですか」
「これだからダメなんですよねー」
「そんなに悲観的にならないでください。皆さんのお仕事は万引き犯がいるかを常に見張るのではなく、来店されるお客さまに気持ちよく買い物をしていただくことですから」
いいこと言うなぁ……。
「ちなみに、盗んだものは明日お店に届きますのでご安心を」
「あっ、はい」
「依頼料の案内も一緒に入っていますので、確認をお願いいたします」
「……分かりました」
やばい、依頼料のことは深く考えてなかった。これで法外な金額を請求されたらどうしようか……。
「前鶴さまが思っているほど高くはないので、心配せずとも大丈夫ですよ」
「あはは……」
完全にバレてる。イフさんの前で動揺は禁物だな。いや、別に悪い人じゃないんだからいいのか……よく分からなくなってきた。
俺がモヤモヤしていると、
「それでは改善すべき点や万引き対策の例などをいくつかお伝えします」
とイフさんが言ってきた。
そうだそうだ、忘れるところだった。大事なのはこっからだ。
「まず、品出しをしているスタッフですが、目がそこに向きすぎかと思います。もちろん全員ではありませんが、一部でもそういう方がいると分かれば、そのスタッフを壁にすればいいと考える者が出てきます。そちらのお店は死角が多いので、スタッフがそれを増やしてしまうのはよくないでしょう」
「初歩的なミスでお恥ずかしい……」
俺もまだまだ巡回が足らないな。
「それと、『防犯対策実施中』のようなポスターを設置するのも効果的です。警察の存在や保安警備員、いわゆる万引きGメンの存在を感じさせることができます」
「確かにそうですね」
あまり効果はないと思っていたが、言われてみれば納得だ。
その後もイフさんは、セルフレジの近くにいるスタッフの位置や、防犯カメラの位置など、いろいろアドバイスをしてくれた。
「いやぁ、助かります。第三者の目がここまで役に立つとは思ってもみなかったです」
「それが私の仕事ですから」
そろそろ話も終わる頃だろうと思い、俺は気になっていたことを聞いてみた。
「すみません、聞いていいか分からないのですが、どうやって盗んだか教えていただくことは可能ですか?」
「詳しくはお教えできかねますが、簡単に言うと、マジシャンのテクニックを応用して盗みました」
「マジシャンですか……そんなこともできるんですね」
「よく言われます」
イフさんは笑っているが、万引き犯が同じことをやってきたら、とてもじゃないが対処できないぞ……。
「私レベルの人間は見たことがないので、そのレベルまで対策する必要はないですよ」
「はぁ」
この人はいったいどれくらいのレベルなんだ。これは永遠の謎になりそうだな。
そんなことを思っていると、この会話に終わりが訪れた。
「お忙しいと思いますので、これにて失礼させていただきます。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「はい、ありがとうございました」
電話が切れたあと、アルバイトの学生が声をかけてきた。
「その様子だと、依頼してよかったって感じすか?」
「そうだな。いろいろ教えてもらったし」
「おー、これで改善したら俺のおかげっすね。給料上げてください」
「それとこれは別だ」
——翌日。
盗まれたものが店に届いた。ポテトチップスが入るくらいの箱に入っていたのは、高カカオチョコレートだった。
いやいや、これバリバリ防犯カメラに映ってるだろ!
記録映像を確認してみたが、怪しい行動をする人は見つけられなかった。いったいどうやって盗んだんだ。気になって夜も眠れん。
「仮泥棒さんが本気で泥棒になったら、誰も捕まえられないっすね」
笑いながら言ってるけど、考えてみたら結構怖いぞ。まぁでも、考えても仕方ない。今はアドバイスどおりにやってみるだけだ。それで改善すれば、とりあえず降格は避けられるだろう。
俺は口角を上げながら、仮泥棒の電話番号をお気に入り登録した。
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