第11話 通報ドッキリ(2)
「このまま依頼の確認をさせていただきたいのですが、お時間大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です」
依頼の確認といっても、入力した内容が合っているかの確認くらいだったからすぐに終わった。
それにしても、ほんとにイケボね……。
イフさんはたぶん、私たちよりちょっとだけ年上だ。二十代前半ってところだろうけど、もう独立してるなんてすごいわね。私も頑張らなきゃ。
「依頼の確認については以上となりますが、何か聞きたいことはございますか?」
相方は頭を横に振っている。
私はついさっき可能性はあると思ったことを直接聞いてみることにした。
「すみません、依頼と関係なくてもいいですか?」
「はい」
「では遠慮なく聞きますね。気づかれないようなものを盗んで、返さずに自分のものにしたことがあるんじゃないですか?」
相方が鬼の形相でこっちを見てる。可愛い顔が台無しだ。
イフさんはというと……
「たまに聞かれますが、一度もないです。信頼第一の仕事ですので」
まったく動揺することなく同じ声のトーンで言った。
「ですよねー。すみません、変なこと聞いてしまって」
「いえ」
最後にイフさんは三日間だけ下見をすることと、下見が終わったらまた連絡することを伝えて電話を切った。
「もう、いきなりやめてよね。心臓に悪い」
「ごめんごめん」
「で、どうするの?」
「んー、ちゃんとした人だったからなぁ……でも撮るには撮ろう」
「結局そうなるのね」
「だって面白そうじゃん」
「はぁ……どういう感じで撮るの?」
「さっすが〜」
「うるさい、早くして」
「へいへい。じゃあ——」
ちゃんとした事業っぽいから勝手に撮影するのはダメだし、事前に許可をもらったらヤラセになる。
ということで、盗まれたあとに不法侵入されたから通報するというドッキリをすることにした。
「それもやばいと思うけど」
「いいのいいの」
それからの三日間は、講義が終わったあとにドッキリの練習をした。
そして今日の練習が終わって相方が帰ろうとした時、イフさんから電話が来た。
「香原さま、お待たせいたしました。下見が済みましたので、今日から四日以内にご自宅にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」
「……それってフリですか?」
「いえ、文字どおりの意味です」
「あっ、すみません。分かりました」
「では、よろしくお願いいたします」
「はい」
*
結局、三日目までイフさんから連絡は来なかった。そもそも下見が終わったその日に連絡するとは言ってなかったから、最終日に連絡するっていうことで決まってるのかも。
一応ここまでは言われたとおりに過ごしたけど、心の中では完了連絡がいつ来るかでいっぱいだった。
最終日である四日目。
夕方に相方と動画を撮っていたら電話がかかってきた。
「来たわね」
「カメラ回ってる?」
「うん」
「ふぅ……じゃあ出るね」
電話に出ると同時にスピーカーをオンにした。
「香原さま、この四日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
この言葉を待っていた。私は落ち着いてメモを見た。
「すみません、ちょっと怪しかったので警察に通報しちゃいました。不法侵入と窃盗の容疑で、証拠は私の家から盗んだ何かです」
よし、あとはどんな反応をするかだ。
「そうですか」
えっ……。
驚きのあまり、声が出なかった。相方は指でバツマークを出した。
ボツかぁ……。
私は仕方なく、無理矢理ドッキリだったと伝えようとした。
イフさんが再び口を開いたのはその時だった。
「警察に通報するのは規約違反となります。ですので、香原さまの個人情報、通っている大学やどこでバイトをしているかなどを含め、すべてをネット上で公開します」
「えっ、ちょっ……」
「公開形式は動画です。その動画内では香原さま自身がご自分の情報を口にします。いわゆるディープフェイクです」
怖くなったのか、ここで相方が電話を切ってしまった。
「だから言ったじゃん」
「やばいやばい、どうしよぉ」
「仮泥棒は敵に回してはいけないって、こういうことだったんだよ」
「そんな淡々と言わないでよ」
「とりあえずこっちから電話して、ドッキリだったって謝ろう」
「……うん」
深呼吸をしていると、心臓が口から飛び出そうになった。着信音が鳴り、スマホの画面にイフさんと表示されたのだ。
私は恐る恐る電話に出た。
「いきなり電話を切らないでください。まだ説明が終わっていません」
「すみませんでした! これ、ドッキリです! 通報なんてしてません!」
私はすぐに謝った。すると、イフさんが少しだけ笑った。
「失礼しました。こちらもドッキリです」
「……えっ?」
話を聞くと、どうやら下見の時点で私たちの計画がバレていたらしい。ただ引っかかるのは面白くないということで、ドッキリ返しをするに至ったとのこと。
それを聞いた瞬間、私は座りながらにして腰が抜けた。
今回はドッキリだったからガチの規約違反にはならなかったみたいだけど……。
「ちなみに、ほんとに通報してた場合はどうなってたんですか?」
少しの間があってから、イフさんがまた笑った。
「ご想像にお任せします」
こわっ! 鳥肌やばっ!
私は電話帳のメモ欄に『絶対敵に回しちゃダメ』と残しておいた。
「今回のような企画は、犯罪者たちに対して行うのであれば問題ないと思います。ですが、罪なき人々に対して同じようなことをしてしまうと、営業妨害で訴えられても文句は言えません」
言われてみればそうね。動画のことで頭がいっぱいだったわ。
「ちなみに、前者は問題ないと言いましたが、復讐される可能性があることだけは頭に入れておいてください。つまり、自己責任ということです」
「……はい」
これはイフさんからの警告ね……。これからもスリルクラブを続けていくなら、ちゃんと考えていかなきゃダメだ。
カメラを止めて反省していると、イフさんの咳払いが聞こえた。
「話は変わりますが、今回は依頼料をお支払いいただく必要はございません」
「えっ、いいんですか?」
「はい。というのも、私が盗んだものはメモリーカードでして、先ほどまで撮影に使われていたものは私がすり替えたものなのです。そしてそのメモリーカードには特殊な細工がしてありまして、おそらく録画されたものはすでに消えていると思います」
「えっ……」
カメラを確認した相方の表情が、間違って編集データを消した時みたいに崩れている。
マジか。じゃあその前に撮っといたやつも消えたんだね……。
「お二人の時間を無駄にしてしまったので、依頼料を頂戴するわけにはいきません」
「いや、私が悪いんです。気にしないでください」
「お気遣い感謝します。ですが大丈夫です」
「そうですか」
謙虚な人だなぁ。
「ついでと言ってはなんですが、明日そちらに届くメモリーカードの中に、動画のネタになるような情報をいくつか入れておきました。ご自由にお使いください」
「あっ、はい。ありがとうございます」
そのあとは、本来の仕事であるセキュリティについてアドバイスしてくれたけど、正直まったく頭に入らなかった。
イフさんの時間を無駄にしちゃったな。
「これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ありがとうございました」
電話が切れたあと、私と相方は崩れるように後ろのソファにもたれかかった。
——次の日。
メモリーカードが私の家に届いた。
パソコンでデータを確認してみると、すぐにでも調べたくなる情報ばかりで、驚きとともにどこから仕入れたのかと少しだけ恐怖も感じた。
それでも、せっかくゲットしたネタだからと、私たちはイフさんに感謝しながら動画を撮ることにした。
「どれから撮るの?」
「んー、どうしよっかなー」
両手を後ろについた時、そばにあったリモコンの電源ボタンを押したらしく、テレビがついた。
「あっ、この人だぁぁぁ!」
「急にどした?」
イフさんの声に聞き覚えがあったのは、この俳優とそっくりだったからだ。
そのことを相方に教えると、
「ふーん……」
なぜか冷たくあしらわれて、テレビも消された。
えっ、なんで? なんか機嫌悪くなるようなことした?
考えてるうちに眉間にシワが寄ってたようで、相方が笑いながらカメラを向けてきた。
よかったぁぁぁ、プチドッキリで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます