第12話 スパイ活動(1)

 この会社に新卒で入社してから今年で二十四年が経つ。さすがにここまで続くとは思わなかったが、今さら転職する気にもならないし、おそらく定年までこの会社にいるだろう。



 この二十年で同期はほぼいなくなった。いつのまにか同期会もなくなっている。

 あいつら元気にやってるかな……なんて思うこともあったが、今となっちゃ顔も名前も思い出せない。

 たった数年で何人も辞めていったのには、さすがの俺でも多少の寂しさは感じた。ただこれも、入社十年目には何も感じなくなった。いや、ライバルが減ったという喜びはあったかな。


 そもそも何年も同じ会社にいることのほうが珍しいから、周りから見れば俺は変わった人間なのかもしれない。だからこそ、比較的早めに部長になれたのか。



 人が変われば会社も変わる。絶対にそうとは言えないのが、日本の会社の特徴だろう。伝統を大切にする文化は会社にも流れ込み、昔のルールが今も変わらず残っているところもある。


 この会社も同じだ。入社してから今日までの間で何が変わったかと言われれば、社員の量や部署の種類の増減くらいしか浮かばない。それほど、昔から続く会社は変わらないのだ。たとえそれが大手だったとしても、さらには会社を変えたいという気持ちを持っていたとしても、変わらないことのほうが多い。

 会社というのはそういうものなのだ。



 満員電車に揺られている時、自席で銅像と化している時、俺はそんなことをたまに考えている。


 *


「先日の会議で決まったことをお伝えしたいのですが、今お時間大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」


 俺は執行役員に呼ばれ、小会議室に入った。


「まずはですね、来月から中途採用の隠し条件が少しだけ変わります。これまでは業界年数が長い人を優先的に見るかたちでしたが、来月からは年数に関係なく、積極的に自分の意見を発言できる人を優先することになりました。これは今までにない発想がもたらされる可能性が高まる、という判断からきたものです。ですがこの変更により、中途入社した人に教えることが多くなる可能性が高まりました。負担が増えるとは思いますが、よろしくお願いします」


 そんなんで変わるなら、新卒のアイディアでとっくに変わってるだろうに。


「分かりました」

「次に——」


 そのあとも執行役員は会議の内容を長々と喋った。

 この人も大変だな。頭の固い連中と会議をしたあとにほぼ同じ内容を下に伝えないといけないし。


「最後に、ここ最近で勢力を拡大してきている競合他社についてです」


 そういえば、別の会議でも議題にあったな。上層部の会議でも話してるってことは、その会社はなかなからしい。


「これまではあまり脅威とはならない存在だったのですが、ここ最近の成長が著しく、早めに対策することとなりました」


 対策ねぇ……。どうせ何か案を出してくれとか言うんだろ。


「つきましては、部署の皆さんと相談していただき、今週までに具体案を出していただけないでしょうか?」


 ほらきた。面倒なことはすべて下任せだ。しかも期日まである。拒否権なんてないも同然だよ。

 ただまぁ、この人も板ばさみだろうから協力しないとな。助け合いの精神ってやつだ。

 情けは人の為ならず。別に見返りを求めてるわけじゃないが、俺にできることはやっておこう。


「分かりました」

「ありがとうございます。私からは以上となりますが、何か質問や要望などはありますか?」


 あるにはあるが、聞く意味もないしこれ以上長引いても面倒なだけか。


「いえ、特には」

「ではよろしくお願いします」

「はい」


 小会議室から出たあと、競合他社への対策について部署内のメンバーに話した。

 みんないろいろと不満はあるようだが、まぁなんとかなるだろう。


 *


 具体案提出まで残り一日。

 明日の夕方までに資料をまとめておく必要があるから、今日中にはなんとか案を絞っておきたい。

 俺は改めてメモを見た。


【対策の具体案】

 ◯自社でできること

 ・動向を細かく確認して悪い部分を見つける

 ・既存のサービスを見直す

 ・戦略を見直す


 ◯他社に対して

 ・動向を細かく調査する

 ・実際にサービスを使ってみる

 ・戦略を探る

 ・玉砕覚悟で直接戦略を聞く


 うーん……自分たちの業務をやりつつ、考えられるのが数日だったというのもあるが、これだけか。しかも全部ありきたりだ。

 こういうときこそ新しい発想を生み出せる人材が欲しいところだが、ないものねだりをしても仕方ないし、これらの案をいい感じにまとめて、我々の現状できる限りがこれですって言って提出するか。



 ——翌日。


 昨日までに出た案をまとめたものを執行役員に提出した。

 その場で資料を確認され、苦い顔をされた。


「それぞれに善し悪しはありますが、いったんこちらを上に報告してみます」

「お願いします」

「お忙しいところ、本当にありがとうございました」


 また心にもないことを言いおってからに……。いや、助け合い助け合い。忘れるな。この人だって面倒なことをやってるんだから。




 それから数日経ってまた小会議室に呼ばれ、執行役員からは、期日はなくていいから別の案を出してほしいと伝えられた。

 そんなこと言われても、部署のメンバー全員で数日かけて出た案だから、これ以上は何も出てこないと思うが。


 さて、どうしたもんかねぇ……。

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