第13話 スパイ活動(2)

 もう一度考えてくれと言われたのはもう先週の話だが、今のところいい案はない。執行役員からは無言の圧を感じる。


 期日がないということは、妙案が出るまでこの圧に耐えなければならんのか。これ以上はさすがにストレスだ。さっさと見つけよう。


 そんな時、心の中の悪魔が声をかけてきた。


『相手の会社に侵入して情報を得る。それこそが一番手っ取り早い方法だ』


 ははっ、何言ってんだ。それができたら苦労しないだろ。そもそも犯罪だし。


『世の中は情報を持ったやつが強者なんだ。相手の手の内が分かれば、それを使って脅すこともできる』


 だからそれが犯罪なんだよ。


『犯罪だってバレなきゃいいんだろ? 清掃員にでもなって侵入すりゃあいい』


 この言葉を聞いた瞬間、俺の中の天使はどこかへ消えてしまった。


 そうだ、清掃員だ。ドラマや小説の中ではよくある話だが、実際にそんなことをやる人間はいない。だからこそ、妙案となるかもしれん。


「いやいや、どうやって報告すんだよ……」


 執行役員にそのまま伝えたら完全に頭がおかしいと思われる。それで済めばいいが、下手すりゃ降格だ。俺の話し方によっちゃあ、今後は犯罪者予備軍として扱われる可能性もある。


「いや、待てよ?」


 結果だけ報告すればよくないか? 期日はないんだし、わざわざこういう案があると伝えるよりも、相手の情報を入手したあとにそれをそのまま提出すりゃあいい。


「ははっ、名案だわ」


 ただ、さすがに自分が行くわけにはいかない。かと言って、部署の誰かを向かわせるわけにもいかない。バレたら大問題だからな。


「うーん……」


 第三者に依頼するというのはどうだろう。それができれば解決するのだが、そんな都合のいい人は裏の世界にしかいないか。

 合法的にやってくれそうな業者はいないもんかねぇ……。


「まっ、とりあえず適当に調べてみるか」


 俺は自分の業務をこなしながら、隙間時間にネットでいろいろ検索した。



 最初はよく分からないサイトばかり出てきたが、キーワード選びがうまくいったのか、検索回数が二桁に達した時にちょうどよさそうなサイトを見つけた。


『返すことを前提に盗みに伺います』


 このタイトルどおりなら、もしかしたらイケるかもしれん。


 リンクをクリックしてみると、まだ開発段階なんじゃないかと思わされた。デザインのデの字すらないと言えるほどの適当なサイトだったのだ。


 この程度ならプログラミングの基礎を学ぶ小学生でも作れる。いや、小学生のほうがもっといいのを作れそうだ。

 そう思いつつも、ちゃんと中身を読んでみた。


「おいおい……」


 すべて読んで分かったことは、このサイトとの出会いは運命だということだ。

 面倒なことは仮泥棒に任せればいい。それで万事オーケーだ。


 俺は依頼ボタンを押して依頼フォームに進んだ。


 おそらく盗みに入る住所を入力するところがあるはずだが……おっ、あったあった。ここに相手の会社の住所を入力すれば、俺たちの代わりに盗んでくれるわけだ。ははっ、我ながら天才的なアイディアだ。


 そのまま他の項目の入力も済ませ、送信した。そして表示された画面の指示に従い、仮泥棒の電話番号を登録した。


 これでよし……。


 思わずにやにやしていると、スマホに着信が入った。ついさっき登録した番号だ。

 俺はスマホを耳に当てながら執務室を出た。


「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。貞山さだやまさまでお間違いないですか?」

「はい、合ってます」


 なんだ、俺より若いじゃないか。


「お時間よろしければこのまま依頼の確認をさせていただきたいのですが」

「大丈夫です」

「ありがとうございます。ではまず私が侵入する場所ですが、神奈川県横浜市西区——に位置する会社で、貞山さまの勤務先ということでお間違いないですか?」


 嘘の情報を入力するなとはあったが、これは一応確認してるだけだろう。自信を持ってそうと言えば、気づかれることはあるまい。


「はい、合ってます」


 このあとも仮泥棒は確認を進めた。いろいろ細かく聞かれると思ったが、個人情報の扱いには注意してるのか、そこまで多くは聞かれなかった。


 それより、俺より若いと思ったのは早計だったかもしれん。世の中には俺と同年代でも声が高めの人はいる。さすがに声だけじゃ判断できないか。


「依頼の確認は以上となりますが、何か質問や要望などはありますか?」


 そうだ、大事なことを忘れてた。そもそも特定のものを盗めるのかどうか聞かないと。


「すみません、ホームページには特に記載されてなかったのですが、盗んでもらうものをこちらで指定することは可能でしょうか?」

「基本的にはお断りしていますが、特別な理由がある場合は受けることもあります」

「でしたらお願いしたいです。というのも、我が社の戦略情報を探ってる者がおりまして、その情報が簡単に外に漏れないかを調べていただきたいのです」

「そうしますと、情報を聞き出すというかたちがよろしいですか? それとも、関連資料を盗み出すほうがよろしいですか?」

「できれば後者がいいです」

「かしこまりました」


 ははっ、なんとかなった。危ない危ない。


「他に何かありますか?」


 そうだ、これも聞いておかねば。


「あとひとつだけお願いがありまして……」

「伺います」

「盗んだ資料は会社ではなく、私の家に送っていただけますか?」

「盗まれる心配をされていたのでそれは避けたほうがいいと思いますが、こちらも何か理由があるのですか?」

「もし盗まれたら我が社のセキュリティに問題があるということになります。それを上層部に分からせるためには、私がその資料を気づかれずに外に持ち出したことにしたいのです」

「いろいろと事情がおありのようですね。かしこまりました。こちらもお受けします」

「ありがとうございます。助かります」


 ふぅ……アドリブがうまくいったな。もしかしたら役者になれるかもしれん。


「では、最後にお伝えしておくことがあります」

「はい」

「盗みに伺う前に、一週間ほど下見をさせていただきます」

「は、はぁ」

「一流の泥棒でも下見は必要ですから」

「あっ、そう……ですよね」

「それでは、下見が終わりましたらまた連絡いたします」

「お願いします」


 とりあえずは問題なさそうでよかった。

 それにしても、泥棒に一流って言葉は使うのか? 意味的には使えるだろうが、そんな言葉は似合わん。下流と言うべき存在だからな。


 俺は執務室に戻ったあと、残っていた缶コーヒーをいっきに飲み干した。

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