第14話 スパイ活動(3)

 仮泥棒に依頼してから二日後。俺はまた小会議室にいる。執行役員に呼ばれたのだ。


「あれから少し時間が経ちましたが、今の状況を教えてください」

「はい。正直に言いますと、まだ案はまとまってません」

「……そうですか」

「ただ、もう少しだけ待っていただければ今までにない案を捻出できるかと思います」

「根拠はあるのですか?」

「はい。詳しくは言えませんが」

「それを信じろと?」


 まぁそうだよな。ただこればっかりは口に出せないから、なんとか気持ちだけでも伝えるしかない。


「少し特殊な事情がありまして、こちらとしては信じて待っていてくださいと言うことしかできません。ただ、大船に乗ってるも同然ということは確かです」


 執行役員は少しだけ黙ったあと、ため息をついてから口を開いた。


「……分かりました。ですが、いつまでも待ってられないと上から言われてますので、あと一週間でどうでしょうか?」


 それだと、下見が終わったあとすぐに盗んでもらう必要がある。仮泥棒はそれを受けてくれるだろうか。もし無理だったら、すべてが水の泡だ。

 ただ、今ここで延長を申し入れても受けてはくれないだろうから、いったんは下見が終わってから考えよう。


「一週間ですね、分かりました」

「では、よろしくお願いします」

「はい」


 小会議室を出て自席に戻ると、部下のひとりが声をかけてきた。


「具体案のレビュー的な感じでしたか?」

「ああ、まぁそんなところだ」


 先週から昨日までで部署内のメンバーには少しだけ意見を出してもらっていたが、今日それは提出していない。仮泥棒の存在を知った以上、もう考える必要はないのだ。

 よし、適当に受け流そう。


「なんて言われました?」

「前に言われたのと同じだよ。善し悪しはあるけど、とりあえず上に報告するとさ」

「じゃあまた待ちってことですね」

「そうだな。まぁでも、次また意見求められても、もうみんなの力を借りるつもりはないよ」

「えっ、なんでですか?」

「ちょっとアテがあってな」

「……それ言いたいだけじゃないですよね?」

「ん? あぁ、ダジャレってことか。気づかなかったわ」

「またまたー」

「四十過ぎのおっさんが誰でも狙ってダジャレ言うわけじゃないぞ」

「……」

「なんだその顔は」

「なんでもないです」

「んじゃ自分の仕事戻れい」

「はーい」



 それから下見が終わるであろう日までは特に変わったこともなく、いつもどおりに仕事をしていた。


 そして下見の終了予定日。昼飯を食べ終わって会社に戻ろうとした時、仮泥棒から連絡が来た。


「貞山さま、お待たせいたしました。下見が済みましたのでそちらの報告になります」

「ありがとうございます。では本番もよろしくお願いします」


 耳元で咳払いが聞こえた。


「本来はそうしたいところですが、今回はここまでとなります」


 ん? まだ下見が終わった段階だろ。


「すみません、今なんとおっしゃいましたか? 聞き間違いじゃなければ、ここで終了というふうに聞こえたのですが……」

「はい、そのとおりでございます」


 はぁ? 依頼放棄ってことか? いきなり困るんだが。


「どういうことですか? まだ盗みに入ってないですよね?」


 仮泥棒が少しだけ笑ったような気がした。


「私がそうしなかった理由は、貞山さまならご存知かと思いますが」


 これは、バレてるな……。よし、プランBだ。


「あれ、もしかして入力した住所が間違ってました?」


 これならなんとかなるだろう。具体案については考え直しだけどな。

 そう思っていたら、仮泥棒が笑った。今度は確実に笑ったのだ。


「嘘に嘘を重ねるのはよくありませんよ。私が侵入する予定だった会社は、貞山さまの勤務先ではなく、競合他社ですよね?」

「なっ……」

「依頼の確認で怪しいと感じたときは、下見で細かく調査するようにしていますので」


 ダメだ。どうしようもない。ここは謝罪するに限るな。


「申し訳ございませんでした! 私の心が弱いばかりに、してはいけない選択をしてしまいました」

「依頼フォームに嘘の情報を入力するのは規約違反ですし、私にスパイ行為をさせようとした罪は重いです」

「申し訳ございませんでした!」

「この世はではありません。現実と作品は区別しなければいけないのです」


 カツドウシャシン? なんだそれは。


「は、はい」

「スパイ行為のような考えに至る方は、今後も似たような過ちを犯す可能性が高いです。よって、貞山さまにはしばらく反省していただきます。のちほど事件が起こりますが、貞山さまを思ってのことですので、悪しからず」

「えっ……は?」

「これにて私の仕事は完了です。依頼料は必要ありませんのでご安心を。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」

「あっ……ちょっ」


 仮泥棒は有無を言わさず電話を切った。


 しばらく反省ってなんだ? 事件が起こるってどういうことだ?! 俺はいったいどうなるんだ……。



 気づけば目の前に会社が。俺はとぼとぼと執務室に戻った。

 すると、仮泥棒が言ったとおり、事件が起きた。


「戦略関連の資料が消えた! あれは我が社の機密情報だぞ! 今持ってるのは誰だ!」


 副社長が執務室に怒鳴り込んできたのだ。

 そもそも機密情報がどこに保管されているか知っている者は限られている。少なくとも、俺を含めここにいる者たちは誰も知らない。知っているとすれば上層部だけだ。


 これが俺を思っての事件なのか? それともまた別で起こるのだろうか……。


 結局いくら探しても見つからず、そのまま警察沙汰となった。

 刑事たちの前で「我が社の機密情報が何者かに盗まれた!」と副社長が豪語したこともあり、全社員の指紋を採取することになった。


「大変なことになりましたね」

「そうだな」



 落ち着いたあと、具体案のアテが外れたことを執行役員へ伝えた。他部署の案を採用したということで不問にはなったが、今回ので信頼はガタ落ちだろう。

 さて、部下になんて説明するかね……。



 ——数日後。


 会社に向かおうと玄関で靴を履いていた時、インターホンが鳴った。そのままドアを開けると、警察が数人いた。機密情報を保管していた場所から俺の指紋が出たらしく、家宅捜索に来たとのこと。

 何がなんだか分からなかったが、警察はそのまま部屋を調べ、タンスの裏から問題となっている消えた資料が見つかった。


「俺はそんなもの知らない! 信じてくれ刑事さん! 俺はやってないんだ!」

「話は署で聞きます」


 俺はそのままパトカーに乗せられた。


 *


 警察署へ向かう道中、頭にひとつの単語がよぎった。


『下流』


 早くから部長になった俺は、おそらく調子に乗っていた。そして悪魔に身を捧げてしまい、見下していた存在と同等レベルになったのだ。

 この言い方をしてる時点で、俺は元々そのレベルだったのかもしれん。


 そうだ、取り調べの時は仮泥棒の名前は出さないでおこう。反省の意味もあるが、今後の身の安全を考えれば、それがもっとも適した行動だろうから。

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