第15話 許諾ミス
ネットオークションで手に入れたものを眺めるのが、私の一番好きな時間だ。
今まで集めたものはすべてこの倉庫にしまってある。というよりも、飾ってあるが正解かな。
入手順に並べてるのは、いつゲットしたのかが分かるのと、自分が気になったものの変化を見るのが面白いからだ。
「あぁ、最高」
私は誰もが欲しがるようなものは集めてない。そんなの集めたって何も面白くないから。
じゃあどんなものを集めてるのってよく聞かれるけど、特にジャンルは決まってないから答えるのは難しい。
まぁ簡単に言うと、他にはないレアなものって感じかな。
将棋の駒みたいな石もあれば、木で作られたトランプもある。緑色のスフィンクスのフィギュアとか、甲羅が月になってるスッポンの絵とか、とにかく普通じゃないものがいっぱいある。
今までどれくらいお金を使ったかは分からない。ただ、数年前に仮想通貨で大金を手にしたから、別にお金には困ってない。これからも気になるものはどんどん集めるつもり。
周りからは変な趣味って言われるけど、そんなの関係ない。私は私が楽しければそれでいい。だって、趣味ってそういうものでしょ?
「それにしても、これだけあると壮観ね。でも……」
ここ最近で落札したものを開封しながら倉庫内を見ていて、ふと思うことがあった。
もしかしたら、いつか誰かに盗まれるかも。
この心配はコレクションの数が増えれば増えるほど、同様に増えていくわね……。
もちろん、セキュリティ対策はちゃんとやってる。監視カメラが中と外に二台ずつ。夜でもはっきり映るように暗視機能も付いてる。入り口と窓の鍵は二重だし、無理に入ろうとすれば警報が鳴る。さすがに問題はないでしょ。
でも、ひとりで管理するのは大変だし、本当に安心するためには専門家に相談するのもありかもね。
「あっ、そういえば」
少し前に知り合いに教えてもらった人がいた。確かあれは『仮泥棒のイフ』だったかな。とりあえず調べてみよ。
ネットで検索するとすぐにヒットした。私が一生気にならないと言えるほどシンプルなサイトだったけど、さらっと中身を確認したら今の私にマッチしてると思ったから、そのまま依頼ボタンを押して、フォームの入力もぱぱっと済まして送信した。電話番号くらいはすぐに覚えられるけど、一応電話帳に登録した。
スマホに着信が入ったのはそれからすぐのこと。
「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。
「はい」
「依頼の確認をさせていただきたいのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
声は低めだけど、たぶん女性ね。まぁどうでもいいか。
「まず、私が侵入する場所ですが、愛知県
「はい」
このあともイフさんは、適当に対応する事務員みたいな声で確認を続けた。
口調は丁寧なんだけど、声が低いとやる気がないように聞こえるから損よね。てか、こんなこと思うのは失礼だわ。イフさん、ごめんなさい。
「依頼の確認については以上となりますが、何か聞きたいことはありますでしょうか?」
「いえ、特にはありません」
「かしこまりました。では最後にお伝えしておくことがあります」
「はい」
「盗みに伺う前に、二日間だけ下見をさせていただきます」
「……本格的ですね」
「それが私の仕事ですから」
イフさんは少し笑ったあと、失礼しますと言って電話を切った。
とりあえず、さっき開封したのは全部並べちゃお。
*
依頼してから二日が経って、私はある異変に気づいた。綺麗に並べていたはずのコレクションのいくつかが、ちょっとだけズレていたのだ。
「せっかく完璧なポジションだったのになんなのよ……はっ、まさかイフさん?!」
下見の時に中に入って触ったのかも……。もしそうなら言っとかなきゃ。
そう思っていたら、スマホが鳴った。イフさんだ。
「駒井さま、お待たせいたしました。下見が済みましたので……」
「ちょっといいですか?」
「なんでしょう?」
「私のコレクションの位置がちょっとズレてたんですけど、どういうことですか?」
「何をおっしゃっているのか分からないのですが」
「下見の時に倉庫に入って何か触ったんじゃないですか?」
「私は倉庫の中には入っておりませんよ」
「そ、そうですか……すみません、早とちりでした」
じゃあなんでズレてるのよ……。
「いえ。では改めまして、下見が済みましたので今日から二日以内に倉庫にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください」
「それも実際を想定してのことですか?」
「はい」
「分かりました」
「では、よろしくお願いいたします」
電話が切れたあと、数十分ほどかけてコレクションの位置を元に戻した。
——二日後。
たまたま用があって東京に行っていた私は、帰宅するなり倉庫を確認しに向かった。とてつもなく嫌な予感がしたのだ。
倉庫に着いて電気のスイッチを押すと、腰が抜けた。
「ちょっと……なんなのよもう!」
下見の時とは違う。異変なんてものじゃない。倉庫内すべてのものの位置が微妙にズレてる。どう考えたっておかしい。これは人為的なものでしかない。絶対イフさんだわ。アイツゥゥゥ!
怒りが頂点に達した時、イフさんから電話が来た。
「駒井さま、この二日間ご協力いただき……」
「ふざけないで!」
私のお腹から今世紀最大の爆音が飛び出た。
「どうされました?」
「どうしたもこうしたも、アンタよね? コレクションの位置ズラしたの」
耳元で笑い声が聞こえた。
「気づかれました?」
「はぁぁぁ? 舐めんじゃないわよ! 気づくに決まってるでしょ!」
「さすがです」
「アンタねぇ……」
イフさんがあまりにもふざけた人で、怒る気力も失せてきた。
「なんでこんなことするのよ……。私、アンタになんかした?」
「はい」
イフさんの声が今までより低く感じた。
「ホームページに『周りのものに触れることをお許しください』と記載してあるのですが、依頼する前にちゃんと確認してないですよね?」
「あっ」
さらっと見ただけだった……。
「下見の時にズレていたのを私のせいにしたので、その時に気づきました」
「……でもっ!」
「依頼を受けた時点で同意したことになります。ですが、駒井さまは不当な態度をとられました。規約違反と同義ですので、今回のはそのお返しというわけです」
なんなの、その子どもみたいな理論は……。
「確認しなかった私も悪いです。すみません。でも、さすがにこれはやりすぎじゃないですか?」
「これでも抑えたのですよ。すべてオークションに出品しようとも思いましたが、面倒でしたので」
もうダメ。この人ヤバすぎ。関わらないほうが身のためね。
「それはどうも! もうこの話はいいので、先に進めてください」
「かしこまりました。では、予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
この危険人物は盗んだものが明日届くことと、今回は依頼料が必要ないことを伝え、そのまま話をまとめに入った。
「駒井さまの倉庫ですが、一般的な泥棒なら侵入することは難しいでしょう。ですので、セキュリティに関しては現状のままでも問題ありません」
そういえばこれが本題だったわね。すっかり忘れてたわ。でも、それを聞けただけでもよかった。私のコレクションは今後も守られるってことだもの。
「分かりました」
「私からは以上となりますが、駒井さまからは何かありますでしょうか?」
「ありません」
「それでは、これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「ありがとうございました」
もう二度と依頼しないわよ、バーカ!
電話が切れたあと、私は子どもみたいに叫んだ。
——次の日。
盗まれたものが届いた。箱の中に入っていたのは、どこかで落としたと思っていた愛用のルーペだった。
よかったぁ、外で落としてなかったんだぁ。あれ、でもアイツが盗んだってことは、倉庫内にあったってことよね? ははっ……。
コレクションに傷がないか確認するときに使ってたけど、最近はまったくできてなかった。ルーペが消えてたせいじゃない。私が忘れてただけ。
もしかしたらアイツは……ううん、考えすぎ!
それより、早く整理しなきゃ。このままじゃ気が狂いそう。
私は数時間かけて、イフさんにズラされたすべてのコレクションを完璧なポジションに戻した。
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