昨日の敵は今日も敵

第34話 動き出す黒金

 あの時はよかったな……。

 都内にある高層マンションの最上階。そこから見る景色は最高だった。

 毎日三食は当たり前。内容もどっかのお偉いさん並みに豪華だった。

 仕事終わりは浴びるように酒を飲んで毎晩泥酔祭り。朝起きたら札束の風呂で寝てたこともあった。


 それもこれも、俺の経営力がとてつもなく優れていたからだ。


 金に困ってるやつに大金を貸せば、そのほとんどが使い方を間違えて期限内に返すことができなくなる。あとはちょっとばかし多めの利子を請求するだけで、泣く子も黙る無限ループの出来上がり。

 実際にはそんな文字どおりなわけもなく、泣く子はただ泣き続けるだけ。喉がイカれるまで泣いたやつもいたが、それでも黙ることはなかった。


 そういえば、叫びながら土下座してくるやつもいたな。なんかのドラマで見たような感じだったが、極限まで追い込まれた人間はああなるのかもしれん。

 あとは、明らかにこちらに対して怒りを出しながらやるやつもいれば、とにかく情けない表情で弱々しくやるやつもいた。

 ああいうのは見てて面白かった。ふんっ、思い出すだけで笑えてくる。



 ただ、その日々に終わりが訪れた。それも突然にだ。


「ヤツさえいなければ……」


 六年ほど前、怪盗エニーに会社の全資産を奪われて廃業させられた。

 それまでまったく気にしてなかった相手だったから、こちとらなんの対策もなかったわけで、どうすることもできずに気づけば丸裸にされちまった。

 ご丁寧に奪った金を借りてた連中に返しやがって。鼠小僧の生まれ変わりだとでも思ってんのかね。


 今はやっと普通の暮らしができるくらいにはなったが、少し前まではド底辺の生活だった。

 ボロボロのアパートでもギリギリの状態。

 食事は一日一食。それも、満足のいくような内容じゃない。たまに食べられない日もあった。お腹と背中がくっつくとはよく言ったもので、あの時は本当にやばかった。

 酒も一週間に一回飲むか飲まないか。おかげですっかり健康体になっちまった。

 こんな状態でバイトを続けられるわけもなく、昔の悪友に金を借りたこともあった。天下の金貸しが聞いて呆れる。



 安黒あぐろ金融といえば、裏の世界で知らない者はいないに等しかった。俺たちに逆らう者はどこにもいなかった。

 そりゃそうだ。サツどもが手出しできないように根回しは入念にやってたし、国を牛耳ぎゅうじっていたと噂されるほどだったからな。さすがにそこまでのレベルにはなかったが、財界にもちったぁ顔が知れてた。

 いや、政府の役人とつるんでた時もあったわけだから、やろうと思えば日本を動かすこともできたのか。今思えばもったいないことをしたな。


 あの役人たちはどうしてるかね。今頃は刑務所内で臭い飯でも食ってるか。いや、犯罪者に対しても人権を尊重する国だ。意外と美味いのかもしれん。絶対に食べたくはないがな。



 よく考えれば、国外逃亡できた俺は運がよかった。世界規模で動いてる怪盗に狙われたのはとてつもなく運は悪いが、まだ捕まってないわけだから悪運は健在だ。



 怪盗エニーは数年前に突然消えた。もう死んだとも言われている。

 だが、俺はまだどこかにいると思っている。世界は広い。俺の耳に入らない場所で活動を続けていてもおかしくはないだろう。

 ヤツが再び現れるのは今日かもしれないし、明日かもしれない。誰にも分からないからこそ、何かしらの対策をしておく必要がある。前みたいな屈辱は味わいたくないからな。


 ただ、さすがにひとりではどうにもならない。まずは人を集めなければ。

 思い当たるのはあいつらだ。最後に連絡したのは半年前。まぁすぐに集まるだろう。


 俺は最も信頼できる部下に電話した。


「お久しぶりです。どうしました?」

「近いうちに作戦会議をしようと思う」

「それは怪盗に対してですよね?」

「ああ」

「やっと重い腰を上げるわけですか」

「遅くて悪いな」

「いえ。黒金くろがねメンバー集めればいいですか?」

「ああ、頼む」

「了解です」


 またあいつらと仕事ができるのか。ふんっ、楽しみだな。

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