第33話 戻らない時間(2)

 寄ってたかって攻撃するのはよくないが、害悪に対してそんなことを気にするのはおかしいとのことで、みんなで多重違法アップロード疑惑の動画に対して何度もコメントを送った。

 投稿主は非を認めようとしなかったが、あまりにも批判が殺到したからか、問題の映画は削除された。


 消した時点で自分がやったと言ってるようなもんだけど、他の動画がどういう経緯で作られたかは分からないから、これ以上この人に時間をかけても仕方がない。

 今はできることをやるだけだ。


 満場一致でセキュリティを見直すことが決定したが、いちサークルが大学を動かすのは無理がある。ということで、まずは映画研究会が使用する部屋をどうにかすることになった。


 *


 行動に移してから二週間が過ぎ、映画研究会のセキュリティはわりと向上した——と思う。

 大学側で管理してる鍵に関しては変えられないため、それ以外でできることを考えた。

 部屋の中に誰もいないときはカーテンを閉める。スケジュール表は部屋の中には置かない。動画データはSDカードに入れたままにはせず、パソコンに保存。そして、データが集まるパソコンには防犯ワイヤーを取り付けて外に持ち出せないようにした。

 これで侵入者に対しての対策はあらかたできたと思ってる。

 ただ、迫る映画祭に焦って判断が悪くなるのはよくないということで、会費から出せる範囲で雇える外部業者にも協力してもらうことにした。


 今は先輩の知り合いに教えてもらった業者である『仮泥棒』に依頼して、最終調整をしているところだ。新しい対策案が得られるように、私たちが取り入れたものは先に共有してある。


「予定だと今日あたりで電話来ると思うんだけどなぁ……」


 やすらぎ堤で信濃川しなのがわに架かる萬代橋ばんだいばしを見ていると、近くで聞いてたでしょ、と思ってしまうほどのタイミングでイフさんから電話が来た。


初川はつかわさま、二日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」

「お願いします」

「まず、今日までに何か気づいたことはありますか?」

「いや、特にはないです」

「そうですか。では話を進めますね」

「あっ、はい」

「依頼料についてですが、初川さまのパソコンに案内を残してあります。のちほど画面の左下にあるフォルダをご確認ください」

「……分かりました」


 全然気づかなかった。てか、どうやってロック解除したんだろ……。


「次に私が盗んだものですが、今回はパソコン内に保存されていた過去の映像データを盗みました」

「えっ、じゃあ私たちがやった防犯対策は意味なかったってことですか?」

「そういうわけではありません。一般的な対策ですが、効果はあります。ただ、私がやった方法に対しては効果がないと言えます」

「どんな方法なんですか?」

「ハッキングです」

「あぁ、なるほど……」


 確かにそれなら効果はないわね。そもそも侵入する必要もないし。

 にしてもハッキングか……まったく頭になかったわ。


「近年、サイバー犯罪の検挙件数が増えております。これはサイバーセキュリティについて学ぶ機会が増えたことや、捜査機関の対応力が向上していることが考えられます。ですが、それで安心というわけにはいきません。検挙件数が増えているということは、犯罪は減っていないということですから」

「確かに……」


 表沙汰になってないものも含めると、被害は相当な数あるでしょうね……。


「時間は不可逆です。こうしておけばよかったと後悔する前に、しっかりと対策することが大切なのです」

「勉強になります」


 イフさんからもっといろいろ教えてもらいたいと思ったが、映画祭の準備がまだ残ってることもあり、その気持ちは心の中に留めておいた。


「ちなみに、盗んだデータは今日中に元のフォルダに戻ると思います。こちらものちほどご確認ください」

「分かりました」


 どうやって戻るんだろ。気になる……。ふぅ、抑えて抑えて。


「最後にひとつだけお聞きしたいことがあります」

「は、はい」


 急に何? なんでこんな雰囲気変わるの?


「私が盗んだデータのそばに映画祭用というフォルダがあったのですが、あれは今年出す予定のものですか?」

「はい、そうですけど」

「でしたら、早めに行動したほうがいいですね」

「どういうことですか?」

「私がハッキングする前にパソコンに侵入した形跡がありました。それが残ってる時点でプロの犯行とは言えませんが、もしかしたら映像データをコピーされているかもしれません。あくまで可能性があるというだけですが」

「えっ……」


 それって、前みたいなことが起きるかもってことよね?

 いやいやいや、嘘でしょ……。


「こちらからは以上となりますが、他に何か確認しておきたいことはありますか?」

「い、いえ……」

「では、これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」

「はい……」


 電話が切れたあと、すぐにメンバーのひとりに連絡した。

 私が大学に戻ってる間、映画研究会のみんなにいろいろと調べてもらった。

 そして大学に着いて状況を聞くと、今のところ収益の糧にされた様子はないらしい。


「よかったぁ……」


 映画祭の開催は目前なのに、ここで先出しされたらたまったもんじゃない。


『時間は不可逆』


 イフさんの言葉が頭の中でタイトル表示みたいになっている。

 これは時間そのものもそうだけど、私たちの努力がすべて水の泡になるということでもある。イフさんはそこまで考えて伝えてくれたのかもしれない。

 今となっては知るよしもないけど、今まで過ごしてきた時間をもっと大切に思う気持ちが、今の私たちに必要なのは確かだと思う。


『次は任せた』


 ついでに前会長に言われたことも思い出し、私は両手でほっぺをビシッと叩いた。


「安心するのはまだ早いわ。映画祭が終わるまで、気を引き締めていきましょう!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る