第24話 仮泥棒の腕試し(1)

 林部はやしべくんが仮泥棒の身辺調査をしてから二週間が経った。

 あれから俺と林部くんの間では一度も仮泥棒の話題は出ていない。


 林部くんにとってはすでに終わったことだから、そりゃ当然っちゃ当然なんだけどさ。期待の新人がエニーにあまり関心を持ってなさそうなのが気になるね。まぁ、あれはあくまで仮泥棒だからってことなのかもな。


井原いばら警部」


 噂をすればなんとやらだ。


「どうしたぁ?」

「前に僕が身辺調査した仮泥棒のイフさんですけど、あれから何か進展ありました?」


 あらら、実は気になってた感じ?


「いや、特にはないね」

「そうですか」

「何か気になることでもあるのかい?」

「いえ、そういうわけでは。ただ、僕が調査報告書をどうするか聞いたあと警部の表情がいつもと違う感じだったので、何かするつもりだったのかなと思いまして」


 ほう、よく見てるねぇ。


「あのときは面白くなりそうだなって思ってただけだよ。まぁ、二日前に取った休みで仮泥棒に依頼することは決めたけどね」

「断られるのは警部も例外じゃないと思いますよ」

「もちろんそれは分かってるよ。俺が直接依頼するわけじゃないから」

「えっ、誰に頼むんですか? まさか公安の人とか……」

「いやいや、たとえ秘密が多い公安でも警察の人間だってバレると思うよ。仮泥棒がエニーだとしたらね」

「じゃあどうするつもりなんですか?」

「警察とはまったく関係のない人に協力してもらうんだよ。その後ろで俺が少しずつ指示を出していけば、バレないように調査ができるってわけさ」

「協力者は警部のご友人ですか?」

「それだと交友関係を調べられたらアウトだから、友達の友達に協力を依頼するつもりだよ」

「なるほど……さすがに依頼主の友達の友達までは調べないということですか」

「まぁ、そうであれと願うことしかできないけどねぇ」

「ですね」


 もし仮泥棒がエニーだとしたら友達の友達でも危ういだろうけど、逆にそれが絶妙な罠になっている。バレたらエニーの可能性大ってわけだ。作戦名は『仮泥棒の腕試し』とするか。

 ははっ、我ながら妙手だと思うね。


 *


 林部くんが自分の業務に戻ったあと、信頼できる数少ない友達に連絡を取った。


「井原か、どうした?」


 俺は協力依頼の内容を軽く伝えた。


「また面倒なことを……」

「まあまあ、俺たちの仲じゃないか」

「実際に依頼するのは井原と関係ない俺の友達だろ」

「だね」

「はぁ……まぁいいけど」


 なんだかんだで取り次ぐところがやはり信頼できる。

 連絡するということでいったん電話を切り、数分後に知らない番号から電話がかかってきた。


「もしもし、伊達だてです。井原さんですか?」

「はい」

「依頼の話は聞きました。面白そうなんでやります」

「あぁ、ありがとうございます」


 なかなか頼もしい人が来たな。


 *


 仮泥棒の腕試し開始日。

 伊達さんにはパソコンでオンラインミーティングアプリを起動してもらい、インカメをオンにしたまま話せる状態にしてもらった。そして俺の指示どおり、スマホから依頼を済ませてもらった。

 そのあとすぐ、仮泥棒から電話がかかってきた。


「突然の連絡失礼します。私は仮泥棒のイフと申します。この度は依頼していただき、誠にありがとうございます。伊達さまでお間違いないでしょうか?」

「はい」


 ほう、今回は女か。林部くんのときは男だったと聞いたから、もしひとりでやってるというのが本当なら、性別を使い分けてることになるねぇ……。


 仮泥棒が依頼の確認を進めている間、俺は次の指示を考えた。



「依頼の確認は以上となりますが、何か聞きたいことはありますか?」


 伊達さんに次の指示を送った。


「すみません、イフさんについて少しだけ聞いてもいいですか? 心配性でして、よく分からないまま家に来られても嫌なので」

「泥棒のことはよく分からないのが普通なのでお断りしたいところですが、今回は特別にお答えします」


 これは詮索にあたるから断ると思ったんだが、気が変わることもあるのか……。

 おっと、次の指示ねぇ……ほいきた。


「風の噂で、仮泥棒は複数人いると聞きました。男も女もいて、年齢は十代から五十代くらいだとか。ただ、ひとりという話も聞きます。実際はどうなんですか?」

「仮泥棒は私ひとりですよ」


 ひとりのパターンの指示を出した。


「それだと性別や年齢を変えながらやっていることになると思うのですが、そこまでする必要はあるのですか?」

「泥棒は正体不明が基本ですから、決まった人物にならないように配慮しているのです」

「あぁ、なるほどです」


 この感じからすると嘘は言ってない。年齢と性別が分からないのはエニーと同じだ。それに、仮泥棒がひとりということは、どんな場所でも自分だけで盗みに入っていることになる。ますますエニーっぽいねぇ。


 俺は用意していたもうひとつの指示を伊達さんに送った。


「あとひとつ聞きたいのですが、交通費はどれくらい必要ですか?」

「そちらは必要ありません」

「あっ、分かりました。すみません、とりあえず聞きたいことは以上です。ありがとうございました」

「では話を進めますね」


 軽い質問コーナーが終わると、仮泥棒は下見に二日使うことと、それが終わり次第また連絡すると伝えて電話を切った。


「自分、大丈夫でした?」

「ええ、問題ないです」

「よかったぁ……なんか泥棒は正体不明って言ってましたけど、怪盗っぽいですよね」

「そうですね。ただ、まだ情報が足らないのでなんとも言えません」

「そういえば、交通費の質問って意味あったんですか?」

「料金が分かれば交通手段や行動範囲が予想できますから」

「あぁ、なるほどです。でも必要ないって言われたので何も得るものはなかったですね」

「いや、少しはありますよ」

「そうなんですか?」

「たとえ必要なくても、依頼料に含まれてるから気にしなくていい、みたいに言うと思いません? そのほうがお得感がありますし」

「あぁ、確かに」

「でも仮泥棒は必要ないとはっきり言いました。これは本当に必要がないと考えることができます。そうなると、伊達さんの家の近くに事務所のようなものがある。もしくは、独自の移動手段がある。とまぁこんな感じで、いくつか可能性を見出せるのです」

「はあ〜、さすがは警部さんですね」

「いやいや、それほどでも……」


 あります、なんて言うのはまだ早い。もし仮泥棒がエニーだとしたら、少しの違和感から普通とは違うと判断されるからね。


 俺は気を取り直して、伊達さんにこのあとの流れを説明した。

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