第23話 熱狂的ファンの想像

 あぁ、エニー様……あなたはどうしてエニーなの?

 ふふっ、なーんてね。


 エニー様の存在を知ってから、想像でロミジュリの真似をするのが私の習慣になった。もちろん私がジュリエットで、エニー様がロミオ。

 ふたりは敵対する家同士。でも、愛し合ってるの。エニー様が怪盗だからって私には関係ない。この人生すべてをささげることだってできる。

 それが愛ってものでしょ?


 もしエニー様が捕まってしまったら、私も一緒に捕まるわ。そうなったら、世間は私のことを助手だと思うでしょうね。でも、それでいいの。愛し合ってることがバレてしまっては、一生近づくことはできなくなってしまうから。

 まぁ、エニー様がそんじょそこらの人たちに捕まるわけないんだけどね。だって、この世でエニー様を捕まえることができるのは、私だけだもの。ふふっ……。


『正体不明なんだから女の可能性だってあるでしょ』


 友達にはそう言われたけど、それはないと思う。私はエニー様が超絶美男子だと思ってる。いや、絶対にそう。だってこの目で見たもの。私の目に狂いはないわ。



 あれは私がまだエニー様を知らなかった頃。あの時は大学二年生だったから、確か五年前ね。

 講義が終わってそのまま家に帰らずバイト先に向かってたら、ものすごい量のパトカーが目の前を通り過ぎていったの。今でも鮮明に覚えてるわ。

 あの時は気になったけどあまり時間がなかったから、とりあえず見なかったことにしてバイト先の宝石店に行ったけど、あれはビックリしたわ。パトカーの大群がそこに止まってたんだもの。野次馬やじうまの数もすごかったわね。


 警察がお店の入り口付近で誰かが出てくるのを待ってる感じがしたから、あの時は凶悪犯か何かかなって思ったんだけど、なんとそれがエニー様だったの。


 それが分かったのは本当にたまたまだった。


 お店に電話してもつながらなかったし、入り口は人でいっぱいだったから中が確認できなかった。だから私は秘密の裏口から入ることにしたの。心配だったからっていうのもあるけど、体が動いたのはほとんど怖いもの見たさだったわ。

 当時は宝石店に秘密の裏口があるのは普通だと思ってたから、なんの疑問も持たずに働いてたけど、あのお店が特殊だったみたい。悪い意味でね。


 私が初めてエニー様を見たのは、秘密の裏口があるところに着いた時だった。そこはいつも暗くて不気味な雰囲気が漂ってるのに、あの時は輝いて見えたの。

 どうしてだと思う?

 それはね、私の目の前でひとりの男が特殊マスクみたいのを外したのよ。男だと分かったのはマスクを外したあとだったけど、その男は超がつくほどの美男子だったの。

 あそこは建物の隙間から差し込むちょっとの光しかないはずなのに、舞台とかでよくあるスポットライトみたいだった。私はその男に目を奪われたわ。

 そしてそのまま吸い込まれるように、その男の前に出ちゃったの。

 私に気づいたその男が、あの時なんて言ったと思う?


『このお店のことは忘れてください。お嬢さんの未来のためにね』


 って微笑ほほえみながら言ったのよ! なんか分からなかったけど、心臓を鷲掴みにされた気分だったわ。


『どうして?』


 そう問う私に、その男はこう言ったわ。


『ここにある宝石はすべて偽物です。私はそれを暴くためにここに参上しました。このままお嬢さんがお店に戻ってしまうと、あらぬ疑いをかけられてしまいます。ですので、このお店のことはどうか忘れてください。お嬢さんがここで働いていた事実は消えませんが、私が無実を証明しますのでご安心を』


 バイト先がとんでもない店だったことに驚いた私は、腰が抜けて立てなくなったの。早く離れなきゃって思ったんだけど、どうしても立てなかったの。

 そしたらね、その男が私に近づいてお姫様抱っこしてきたの!


『驚かせてしまい申し訳ありません。安全な場所までお送りします』

『は、はい……』


 そのままぼーっとしてて、気づいたら秘密の裏口から少し離れた場所にいた。


『ここなら大丈夫ですね。では私は戻ります』

『待って!』


 私は思わずその男を止めたわ。


『あなたはいったい何者なの?』


 とっさに出た言葉がどこにでもあるようなもので恥ずかしかったけど、その男は優しく微笑みながらこう言ったの。


『人々はエニーと呼びますが、私はただのしがない怪盗です』


 私が恋に落ちたのはその時だったわ。後ろ姿も素敵だったわね……。

 宝石店に秘密の裏口があるのが普通だと思ってた世間知らずの私でも、世界中で話題になってる怪盗がいたことくらいは知ってた。正直、ニュースとかは全然見てなかったからエニーって名前を聞いてもピンとは来なかったけど、それはエニー様には内緒。知らなくていいことは世の中にいっぱいあるんだから。



 それからずっと、私はエニー様を追いかけていた。数年前に突然いなくなってしまうまでは……。


 あぁ、エニー様……あなたはいったいどこに行ってしまったの? お願いだから戻ってきて! 私の心はいつまでもあなたでいっぱいなのよ!


 *


 ふぅ……なんか悲劇のヒロインみたいな感じじゃなかった?


「ふふっ、最高!」


 今日の想像は今までで一番テンションが上がった。

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