第31話 あざ笑う宝物(3)
店内の一角にはブランド物専用の商品棚がある。ちなみに、ここにあるすべての物は、あの若き成功者(?)から買い取った。
これだけの数を持っているというのは、やはり何かの事業で稼いでいるのだろう。もしくは資産家か何かの息子で、あり余るお金を使っていただけかもしれない。
ただ、そんなことを気にしても意味はない。こちらとしては、いいものを持ってきてくれる神客として対応するだけだ。
『安道さま、お待たせいたしました。下見が済みましたので、今日から五日以内にそちらのお店にて何かを盗みます。ただし、警戒せず普段どおりでいてください』
昼前にキッチンでカップを洗っていると、六日前にイフさんから電話があったことを思い出した。
予定ではすでに仕事を済ませていると思われるが、今のところ店内に変わった様子はなく、イフさんからも連絡はない。
本当に信用していいものかと疑いたくなったが、それだと教えてくれた友人を疑うのと同義。
とにかく気にせず、普段どおりに過ごす。それでいい。
「すみませーん」
「はい」
声の主は五歳くらいの女の子を連れた女性だった。手には紙袋がひとつある。
「こちらを買い取っていただきたいのですが」
「拝見します」
袋の中を確認すると、ティッシュケースふたつ分サイズの箱が入っていた。それを開けると、ひと回り小さな箱が。そのあともマトリョーシカのように続き、最終的には手のひらサイズになった。
やっとの思いで箱の中を確認すると、ルビーとダイヤモンドらしきものがあしらわれた金の指輪が入っていた。
これはすごい……。
お客さんによるとどうやらまとまったお金が必要になり、宝物を手放すことにしたらしい。
お客さんには悪いが、ここまでのものはオープンしてから見たことがなかったため、私は少々——いや、かなり興奮していた。
高まる気持ちを抑えつつ、査定に移る。
念入りにチェックし、まぎれもない本物だと分かった。
査定金額を提示するとそれに満足したようで、この高級な指輪はそのまま買い取った。
お客さんが退店してすぐ、女の子が「ママー、きょうのよるごはんなーに?」と言った。
オープン翌日にこの店に興味を持ってくれたのはあの子だったのか……。
感慨に浸っていると、突然スマホに着信が入った。
画面を確認してすぐ、待ってましたと言わんばかりに電話に出た。
「安道さま、五日間ご協力いただきありがとうございました。予告どおり盗むことができましたので、報告させていただきます」
「お願いします」
まず最初に、イフさんは私が何か気づいたことがあるかを聞いた。特にないと返答すると、そのまま依頼料の話に進んだ。値段は明日分かるらしいが、友人の言葉を信じて今は気にしないことにした。
「では本題に入ります」
ここからが大事だというのは、イフさんの声色からも分かる。
私は右耳に集中した。
「まず確認ですが、ブランド物専用の商品棚にあった品々を購入された方は今までいらっしゃいますか?」
「いえ、まだ誰も」
「そうですか。それは不幸中の幸いです」
「ど、どういうことですか?」
「起業されたばかりで申しあげにくいのですが、あの商品棚にあったものはすべて偽物です」
「えっ!?」
「その反応、やはりダマされてしまったようですね」
「……」
「まぁ無理もありません。最新の技術が使われており、かなり精巧に作られてましたから」
「なっ……」
「私はそこにあったひとつを別のものとすり替えたのですが、その時点で偽物だと分かりました。私の目はごまかせません。ついでに他すべても確認したので間違いはないでしょう」
「そ、そうですか……」
あれらはすべてあの神客から買い取ったもの。ということは、犯人はあいつか……。
人の皮をかぶった悪魔の顔を思い出していると、イフさんが本来の本題であろう防犯対策をいくつか教えてくれた。
『ブランド物のような高価なものは最低でもガラス棚の中に入れる』
『キッチンにいる時に店内を確認できるようにモニターを設置する』
中でもこのふたつはすぐにできることだったので、早めに手配することにした。
『そもそも査定で気づけるようにもっと勉強したり情報を集めたりする』
これはすぐにはできないが、今後の課題として頭に入れておこう。
防犯対策というのは、建物や装置だけじゃなく、人も当てはまる。イフさんにそう言われ、私はハッとさせられた。
この人に依頼して本当によかった。
「最後にお伝えしておくことがあります」
「はい」
「この電話を切ったらすぐに警察に連絡してください。それを怠ると古物商許可を取り消される可能性もありますので」
「ご忠告ありがとうございます」
「それと、今回のような件では可能性は低いですが、商標権の侵害にあたることもあります。警察には嘘偽りなく話し、捜査協力も惜しまないようにしてください」
「分かりました」
「こちらからは以上となりますが、他に何か確認しておきたいことはありますでしょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「では、これにて私の仕事は完了です。この度は仮泥棒のご利用、誠にありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いいたします」
「お世話になりました」
——翌日。
朝早くに店へ行ってみると、偽物のバッグと一緒に依頼料の案内が届いていた。こんな時間から配達する業者なんていたのかと疑問に思ったが、それよりも料金が気になったため、店に入って確認した。
「安すぎる……」
紙には五百円と記載されていた。小学校低学年がもらうお小遣い並みだ。もしかしたらそれよりも低いかもしれない。
とんでもない安さに思わず笑ってしまったが、紙の最下部に記載されていたイフさんからのメッセージを見て、私は冷や汗をかいた。
『このバッグは偽物なので価値はありませんし、素材的にも五百円程度でしょう。安道さまが今まで査定したものの
短い今までを思い出しながらコーヒーを飲んでいると、警察が何人か店に来た。
私はその場で詳しく話したが、一度署に行ってゆっくり話すことになった。その時に犯人のこともより詳しく聞くことになるそうだ。
あの悪魔は思い出すだけでも
そもそも私が気づいていれば、こんなことにはならなかったのだから。
警察と一緒に店を出たあと、後ろを振り返った。
その時、今もなお残り続けているあの珍しいフィギュアと目が合った。
ほんの一瞬だったが、誰かをあざ笑っているような、そんな気がした。馬鹿な私に対してなのか、すぐに捕まるであろう悪魔に対してなのか、それは分からない。
ただ、私はその光景を目に焼きつけ、一生の宝物にすると誓った。
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