第13話

「偉そうにメルファ鉱山までの安全なルートを見つけてくると言っていたくせに、何寝てるんですのぉぉぉぉぉぉ!」


 早朝、危険な罠地帯に響き渡るビンタ音。 頬を真っ赤にしたブラヒムは全身をこわばらせながら飛び起きる。 魔族は肌が白いため、ビンタされた手形はくっきりと残ってしまっていた。


「ちょわ! て、て、て! 敵襲か!」

「何寝ぼけてんですのこのすっとこどっこい! あなたが自信満々に見張りに向かったから、わたくしは今日こそこの忌々しい罠地帯とおさらばできると思ったのに! 気持ちよさそうに寝てるんじゃねえですわ!」

「私が、寝ていたですと? お、おかしい! そんなはずはない! 私が起きていた時は、まだ見張りの兵士たちは起きていました!」

「その見張りの兵士たちも寝ていますわよ!」

「ば! 馬鹿な! これは何かの間違いでは?」


 あたふたと動揺と紅葉マークを顔に貼り付けたまま周囲の様子を確認し始めるブラヒム。 しかしぬか喜びをしていたガーメール大尉は肩を震わせながら涙目で騒ぎ出す!


「もう嫌ですわ! あんな罠地帯行きたくないですわ! また罠地帯を抜けて正門に到達しても、どうせ捕まってしまうんですわ! もう怖い! わたくしは行きたくありませんの!」

「そんなことをおっしゃらないでください大尉! 私が今すぐ対策を……」

「そのセリフはもう聞き飽きましたの! 何回対策を練って、そのことごとくをあっけなく打ち破られたと思ってますの! これならいけるかも! っと期待させておいて絶望の底に突き落とされるのはもうたくさんですの! もう嫌! イヤイヤイヤ! 一抜けピッ!」

「ちょっ! 大尉! もうあなたは大人なんですから、子供みたいなことを言わないで下さい」


 朝っぱらから地団駄を踏みながらイヤガールをしているガーメール大尉。 彼女たちのフラストレーションは限界値まで溜まってしまっている。


 ぬるぬる坂で体力を削られ、踏爆地帯で精神を削られ、第三エリアの永眠蝶の胞子が充満する複雑な迷路地帯で寝かされて、触れただけで自由を奪われてしまう粘着糸が張り巡らされた第四エリア。


 そして、今までの罠を複合した最後の難関、床はぬるぬるでところどころに踏爆が仕込まれ、永眠蝶胞子が充満した迷路の中に粘着糸が張り巡らされた第五エリア。


 毎日のようにこんな嫌がらせのような地獄の罠地帯を駆け回っていたのだ。 孤高の灰燼公と恐れられたガーメール大尉がイヤガールになってしまうのも仕方がない。


「こんな罠地帯に足を踏み入れなくても、メルファ鉱山を壊滅させる方法でもない限り! わたくしは絶対に動きませんわ!」


 腕を組んでふんぞり返ってしまったガーメール大尉に、ブラヒムは下唇を噛むのだが……


「あの、だったら遠距離攻撃を仕掛けるのはどうですか?」


 いつの間にか起きていたデルカルが、恐る恐ると言った顔で声を上げる。


「デルカル? いつの間に起きていたのです?」

「あの、ガーメール大尉がお怒りになっていたあたりから目は覚ましていましたが……」


 デルカルだけでなく、他の兵士たちも気まずそうな顔で上半身を起こしていた。 どうやらガーメール大尉が地団駄を踏んでいるところは見慣れているらしく、誰も何も言おうとしない。


 しかし、デルカルが発した提案を聞いていたブラヒムは、曇っていた表情がみるみるうちに冴えていく。 まるで霧に覆われた都市が姿を表すかのように、ブラヒムの希望に満ちた表情が浮き上がってくる。


「遠距離攻撃……どんな小賢しい罠すら、鏡鉱石の特性すらものともしない遠距離攻撃を、あの鉱山にぶちまければいいのですね?」

「そんな都合がいいもの、あるわけないじゃないですの! わたくしの炎魔法を適当にぶちまけろとでも言いますの? どうせ鏡鉱石で跳ね返されますわよ?」

「いいえ大尉。 お忘れですか?」


 ブラヒムの自信に満ちた表情をチラリと伺い、ガーメール大尉は窄めていた口から力を抜いた。


「ええっと、何かいい攻撃手段がありますの?」

「ええ、今までは占領したメルファ鉱山をそのまま使うために、この手段は使わないようにしていましたが、今となってはもはや温存することなどないでしょう」


 デルカルはこれからブラヒムがしようとしていることに気がついたのだろうか、ハッとした顔でガーメール大尉の横顔を凝視する。


「大尉! 先日インテラル共和国の軍部が開発したあの兵器があれば、もしかしたら!」

「あ、あれを使うんですの? ですが、いささか無慈悲にすぎませんか? おそらくあれを使えば、悪魔たちだけでなく罪もない一般市民たちにも危害が加わりますわよ? いわゆる大虐殺になってしまいますわ?」


 青ざめてしまうガーメール大尉。 しかし、ブラヒムは邪悪な笑みを浮かべながらくつくつと肩を震わせる。


「何を今頃? あそこに住む一般市民たちは、我々が毎日血みどろになっているのを見て見ぬふりをしているのですよ? この罠を作り出した悪魔たちと同罪です」


 ブラヒムの邪悪な表情に、その場にいた全員がごくりと嚥下音を響かせる。


「悪魔たちに慈悲はありませんよ。 大虐殺? 上等ですよ。 それだけの大罪を、奴等は犯したのです」


 山の中腹の辺り、メルファ鉱山があるはずの場所を仰ぎながら、ブラヒムはつぶやいた。


「この私を怒らせたこと、後悔しながら死に絶えなさい。 メルファ鉱山の悪魔どもめ!」

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