第11話

 日が沈み、松明で照らされたメルファ鉱山内の町から活気が寝り始めた頃、管制室には数名の男女が集合していた。 その男女のいちばん手前には、眠そうに目を擦っている建築士くんと、いまだに不機嫌そうな顔のアミーナである。


「今日の夜勤当番は僕とアミーナさんですね!」

「まったく~、中佐が余計なことしてたせいであんまりお昼寝できなかったよ~」

「まあ確かに、僕も全然昼寝できませんでした」


 困った顔で相槌を打つ建築士くんに、アミーナは心配そうな視線を送る。


「だいじょ~ぶ~? 建築士くんは午前中も門の修理してたんだし~、マテウス中佐と変わって貰えば~?」

「まあ大丈夫だと思いますよ? どうせナビアさんたちやお手伝いの方々がほぼ全て終わらせてくれますし、僕たちはなんかあった時のための保険、現場監督みたいなもんじゃないですか」

「そりゃ~そ~だけどさ~」


 アミーナは眉を困らせながら建築士くんを凝視するが、建築士くんはあっけらかんとした顔で移動し始めてしまう。


「そーゆーわけなんで、今日もよろしくお願いしますね! ナビアさんたち!」

「「「キューーー!」」」


 地面の中から無数の顔が出てくる。 アミーナと建築士くんは突然地面の中から出てきた何かを見ても、眉ひとつ動かす気配がない。 二人だけではなくお手伝いのために集まった合計二十名近くの男女も、その光景を見慣れているような余裕を見せていた。


 地面の中から出てきたのはナビア率いる土竜整備隊。 数ヶ月前、メルファ鉱山が包囲される前に構成された魔物だけで構成された特殊部隊だ。


 その正体は、土竜のように地面の中を自由自在に移動できる魔物、コルドラゴ。 この世界では魔法が使えるか使えないかの違いによって魔物と動物の二種類に分類される。


 彼らは土の魔法を使い、地中を時速五十キロ近いスピードで掘り進めることができる魔物だ。 基本的に地中に住んでいるのだが、わずかに伝わる地上からの振動を感知し、どこに敵がいるのかを察知することができる。


 非常に温厚な魔物のため、こちらから手を出さない限り攻撃してくることはない。


 しかし数ヶ月前、近隣で起きた戦争に巻き込まれて彼らは全身に大火傷を負ってしまっていた。 ガーメール大尉が極大魔法で広範囲の大地を焼き尽くし、その極大魔法で抉れた大地の中に住んでいたコルドラゴたちは逃げ遅れてしまい、大怪我を負ってしまったのだ。


 満身創痍で逃げてきたメルファ鉱山で建築士くんと出会い、建築士くんは傷ついたコルドラゴたちを治療した。 それ以来、コルドラゴたちは建築士くんのためにさまざまな力を貸してくれているのだ。


 彼らはインテラル解放軍がこのメルファ鉱山を包囲し始めたことをいち早く建築士くんに伝え、包囲が完成する前に建築士くんはメルファ鉱山までの一本道に罠を仕掛けることに成功。 それだけではなくコルドラゴたちは近くの湖まで繋がる巨大トンネルを掘り、メルファ鉱山に水をもたらした。


 このメルファ鉱山が包囲されているにも関わらず、水にも食料にも困らないのはほぼコルドラゴたちの功績である。


 初めは魔物を鉱山の中に入れている建築士くんに対し、住民たちからは白い目が向けられていたが、今ではメルファ鉱山には欠かせない仲間として迎えられている。


「ナビアさんたち! 今日はインテラル解放軍の見張りは何体います?」

「キューキュー!」「キュキュキュキュー!」「キュキュッキュキュー!」


 コルドラゴたちは各々甲高い鳴き声をあげ始める。


 その様子を隣で見ていたアミーナは、ボーッとした顔でうんうんと頷く建築士くんを傍観していた。


「ふむふむ、インテラル解放軍は僕たちが夜中の内に移動することに気がついたんですかね? どうやら待ち伏せするためにそれぞれのエリアに兵士が複数待機しているようです」

「あのさ~、建築士くんはなんでこの子たちの言葉わかるわけ~?」

「ふむ……親心、ってやつですかね?」


 真顔で意味不明なことを言ってくる建築士くんに、アミーナは引き攣った笑みを向けることしかできない。 しかしナビアたちは非常に嬉しそうである。


 ナビアとはここにいる十三体のコルドラゴを取りまとめる親玉のような役割をしているコルドラゴに付けられた名前である。 目印がわりにナビアは逆三角のいかついサングラスをつけている。


「ともかく、今日はインテラル解放軍が待ち伏せしているようなので、パターン七でいきましょうか?」

「重労働になりそうだね~。 やっぱり建築士くん、誰かと代わって貰えば~?」

「そうは言われましても、何か不具合があった際に真っ先に対応できるのは僕たちくらいしかいないでしょう? むしろ、今日の夜勤当番がマテウス中佐じゃなくてよかったですよ……」

「それは……確かに~、あのポンコツ中佐だったら何をやらかしていたことか、考えるだけで怖くなっちゃうよ~」


 肩を窄めながら苦笑いを浮かべるアミーナ。 おそらく今頃マテウス中佐は激しいくしゃみに襲われているだろう。


「とりあえずナビアさんたち! 今日は少し忙しくなると思うんで、気を引き締めていきましょう!」

「「「キューーーーー!」」」


 ナビアたちの元気な返事を聞き、建築士くんとアミーナはナビアたちが掘った洞窟の中に足を踏み入れた。

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