第12話

「ふっふっふ! 今回ばっかりはあの悪魔たちも運の尽きですよ?」

「ブラヒム様、油断は禁物です! いくらあたしたちも魔法が使えるとはいえ、ガーメール大尉ほどの戦闘力は持っていないんですから」

「分かっていますよデルカル。 今日の見張りは三重構造。 まず、見張りをしている兵士を見張るための見張りと、見張りをしている兵士を見張っている兵士を見張っている私たち。 ここまで見張りをつけていれば、永眠蝶の胞子で誰かが眠らされても誰かしらが対応できるでしょう!」

「あの、すごくややこしい説明でしたが、まあ誰も見張している兵士を見張ってる人がいるなんて想像つかないですよね……」


 不安そうに息をはくデルカルだったが、自信満々に口角を上げているブラヒム。 彼女たちはこの罠地帯をメンテナンスしにくる悪魔たちを捕まえるため、見張りに出した兵士を二重構造で見張っているのだ。


 誰かが眠らされても見張っている誰かが反応できる。 流石に悪魔たちも見張りを見張る兵士がいるだなんて気がつかないだろう。 相手の場所を感知できる魔法みたいな力でも使わない限り……


 誰が予想するだろうか? 魔法が使えない人族が、魔法を使う魔物を従えていることなど。


 誰が思いつくだろうか? 地面の中から音も立てずに永眠蝶の胞子を嗅がされるだなど。


 誰が気がつくだろうか? 日によって掘る道筋を変え、夜勤当番が終わればその日に使った洞窟を塞いでしまうだなどと……


 土魔法を駆使して高速で地中を移動するコルドラゴたちにとって、穴掘り音を立てずに兵士たちの足元に移動することなどわけない。


 それどころか、見張りをしている兵士たちの足元に小さな空洞を掘り、そこを建築士くんたちが移動する横穴と分断して永眠蝶の胞子を充満させ、足元に掘った小さな穴から胞子を放出させてくるなど。 


 それ故に、三重構造の見張がほぼ同時に眠らされてしまうことになど気がつくわけがない。


 案の定、自信満々に見張りについていたブラヒムとデルカルは他の見張りとほぼ同じタイミングで眠りについてしまった。 どさり、と地面に伝わる振動を感知し、一体のコルドラゴが地中から頭を出す。 すると合図を受けた他のコルドラゴや建築士くんたちが、少し大きめの竪穴から姿を現した。


 その顔面にはガスマスクのような物が取り付けられており、永眠蝶の胞子をものともせずに地上に姿を見せる。


「ふむ、みなさんぐっすり寝てますね」

「いつも言ってるけどさ~、寝てるこいつらのうち誰かをとっ捕まえて捕虜にしちゃえばいいんじゃな~い?」

「それやっちゃうと僕たちが地中を移動してるってバレるじゃないですか」

「ここで待ち伏せされてる以上、バレてるような気がするんだけど~」

「いやいや、バレてたらもっと足元に気を使うでしょ? 念には念を置いてパターン七を使いましたが、こんなあっけないならパターン四でもよかったですね」


 呆れたように肩を窄める建築士くん。


 建築士くんは夜勤に当たる際、相手の見張りの数に応じて数種類ものパターンを作っている。


 見張が一人の場合はパターン一、二人以上ならパターン二。 睡眠対策をしようと二人以上五人未満ならパターン三。 それ以上兵士が増えた場合、四~六になるのだが、このパターンに関してはナビアたちをグループ分けしてそれぞれの兵士たちにあたらせるパターンで、四なら二手に、五なら三手に、六なら二人一組で、ナビアは夜勤担当の二人と組んでの移動。


 相手の位置が三ヶ所以上かつ睡眠に対策しようとしている、かつ自分たちが地中を移動してるとばれていると想定したパターン七。


 まずは相手の足元に落とし穴のような空洞を作り、偽物の洞窟を数種類作成。 地中を移動してると気がついた兵士たちが偽物の通路を通るように計算して穴を掘らせ、偽物の通路に足を踏み入れた兵士たちを閉じ込める。 あとは中の空洞を水浸しにして雷石を放り込むなどして気絶させれば作戦終了である。


 意識を失った兵士たちを捕虜として連行する企みがあったのだが、ブラヒムたちはそもそも地中を移動してると予想していなかったようで、足元への警戒が雑だった。 どうやら空を移動してるとでも勘違いしていたらしい。


 あっけなく兵士たちを眠らせた建築士くんたちはお手伝いの住民に指示を出し、それぞれが罠地帯の整備を慣れた手つきで進め、何事もなく町へと帰っていく。


 この夜勤の整備で使った洞窟はナビアたちが埋めてしまうため、二度と使われることはない。 しかも土に詳しいナビアたちは穴を掘っても地盤沈下等の災害を起こさないよう計算して掘れる上に、少し脆いところは治してしまうことだってできる。


 メルファ鉱山が鉄壁の守りを施しているのはナビアたちの功績によるものがほとんどだ。 湖から迷い込んできた魚を捕まえて養殖、畑の土をナビアたちが栄養満点にして自家栽培。 メルファ鉱山は包囲して一ヶ月以上の経った今も、平和な鉱山を保っている。


 唯一困っているのは、母国であるルーガンダ帝国に無事を知らせることができない事。


 さすがのナビアたちもいきなりルーガンダ帝国に無事を伝えに行けば、魔物がきたと勘違いされるし、そんな長い距離を掘るための魔力がない。 魔力の要領的に、せいぜい鉱山内を移動することしかできないだろう。 この移動距離では包囲網の外には出られない。


 もしかしたら母国のルーガンダ帝国の重鎮たちは、今でもメルファ鉱山が陥落したという知らせが届いてこないかとヒヤヒヤしながら作戦会議に臨んでいるかもしれない。 自分たちを心配してくれているルーガンダ帝国の重鎮たちには申し訳ないが、建築士くんたちは毎日平和に楽しく生活しているのだ。


 建築士くんが唯一気にしているのは、『なんか、思ったより平和ですみません』ということぐらいだろう。


 この事実を知ったルーガンダ帝国の重鎮たちは、一体どんな顔をするのだろうか?

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