第16話
長い階段を下っていき、新たに量産されたランタンで灯された、いつもよりほんの少しだけ明るい道を歩いていく建築士くん。 先日開発し始めた新たな便利アイテムを作るため、デザイナーズ建築の投票結果を見ずに帰ってきてしまったのだ。
今回の便利アイテムはファティマの一言が開発のきっかけになっている。
「水って意外と重いですよね、重いものを運ぶ村人はみんな肩や腰を痛めてそうで、少し心配です」
ナビアのおかげで近くの湖から無理やり水を引いてきているとはいえ、村人全員が飲み水を飲むためには水をろ過したり、村まで運ぶという工程が必要になる。
ろ過機ならアミーナが早々に作ってくれたため、飲み水に困ることは無くなった。 水を運ぶ作業は少し不便だが、包囲されているにも関わらず水にありつけている現状のせいか、村人たちは文句も言わずに運んでしまっている。
水だけではない、鉱山では今でも鉱石の採掘が行われており、採掘した鉱石は鉱夫たちがリュックに詰めて運んでいるのだ。 中には触れただけで爆発するような危険な鉱石も存在するため、運搬方法も改善する必要がある。
そこで建築士くんは、二つの便利アイテムを作り始めた。
一つは水汲み管。
その名の通り、圧力を駆使してメルファ鉱山の井戸まで水を吸い上げる機械だ。 意外にもこの開発はスムーズに進んでしまい、建築士くんはどうしてもっと早く作らなかったのかと後悔したほどだ。
開発には空気圧を操るために風石という空気を操る鉱石を大量に使用するが、これの加工はアミーナが担当してくれたおかげでスムーズに水汲みの問題は解決できたのだ。
それどころか、水汲み管にアミーナが改造を施し、水が出る直前の管にろ過機を取り付けてしまった。 もはや村人は水が飲みたくなったら街の中央にある井戸まで各々自由に取りに行けばいいだけになった。
往復八百メートルの水汲み作業はなくなり、村人たちは暇になったおかげでデザイナーズ建築バトルが開催されたと言っても過言ではない。
そして現在、建築士くんが頭を悩ませる発明が二つ目の便利アイテム。 四輪トロッコだ。
このトロッコは従来のものとは違い、レールを必要としない。 道さえあればどこでも走れるのだが、走行時の不安定さが問題になっている。
雷石を使って四つの車輪が自動回転し、トロッコ内に取り付けた運転席で雷石の回転具合を調節することでスピードの調整は可能、さらに縦揺れ対策で鉄を加工したバネを取り付けたため平地の走行は可能となったのだが、凸凹の激しい道を進むとどうしても横転してしまう。
車輪を動かして曲がるためのレバーを運転席に取り付けているのだが、少し凸凹している道だとレバーが勝手に動いてしまうのだ。
実験のためにナビアが掘ってくれた凸凹道を何度も走行し、何度も地面を転がることになってしまう建築士くん。 何度も転んでいるおかげで、四輪トロッコの頑丈さは保証つきだ。
「うーむ。 今回の発明はうまくいかないなー」
凸凹道で突っ伏しながら弱音を吐いてしまう建築士くん。
「お師匠様ー! こんなところにいらしたんですか!」
そんな時、ニコニコと満面の笑みを作ったファティマが建築士くんの元に駆け寄ってきた。
「おやおや、どうかしたのファティマさん?」
「ふっふっふ! 吉報を持ってきましたよ!」
腕を組みながら得意げな顔をしているファティマ。 建築士くんは内容を聞く前に大方予想はついていたのだが、結果を言ってしまったらファティマはガッカリしてしまうだろうと予想し、興味津々なふりをして次の言葉を待つ。
「なんと! デザイナーズ建築バトルの勝者が決まりました!」
「おお! どっちが勝ったんですか?」
「それは! なんと! な~ん~と~! でゅるるるるるるるるるる……」
いつもファティマは無駄にもったいぶるのだ。 それを知っている建築士くんは『いいから早く言ってくれ』っと言いたい気持ちを必死に抑え込んでいたのだが、
「あたしの建築が僅差で負けちゃったよ~」
「あぁぁぁぁぁ! アミーナちゃん! 先に言わないでよ!」
「無駄に勿体ぶってるのが悪いんでしょ~」
後からやってきたアミーナに、あっけなく結果を言われてしまった。 建築士くんはリアクションに困ることしかできない。
幸いにもファティマとアミーナはガヤガヤと喧嘩してくれていたおかげで、建築士くんが微妙な表情をしていたのはバレなかった。 しばらく二人は喧嘩を続けていたが、やがて言い合いにも飽きたのか、ファティマは未だに突っ伏したまま固まっている建築士くんに視線を戻す。
「お師匠様! お師匠様の建築は、やはり村人たちからも人気だったのです!」
「……わー、やったー」
「なんですかその棒読みは! もっと喜んで下さいよ!」
「う、うーれしーなー!」
一生懸命喜びを表現しようとしている建築士くんだが、なぜかファティマは頬を膨らませてしまう。 ファティマの膨らんでいた頬をぷにゅっと押しながら、アミーナは突っ伏していた建築士くんをチラ見し、隣で横転していたトロッコを興味深そうに観察した。
「また横転しちゃったの~?」
「そうなんですよ、車輪操作レバーが勝手に動いちゃって」
「うーん、レバーに不具合でもあったのかな~?」
アミーナと建築士くんは頭を捻りながらトロッコを解体し始めてしまう。 その様子を傍観していたファティマは、
「あの~、お師匠様? これってレバーじゃなくて車輪の問題では?」
「「え?」」
ファティマはトロッコの車輪をつつきながら不思議そうな顔をする。
「だって見ててくださいお師匠様」
ファティマは解体された車輪を無造作に転がした。 凸凹の道を転がっていく車輪は、言わずもがな右往左往して暴れてしまう。 それもそのはずだ、車輪にはなんの細工もされていない。 ただの石の円盤だったのだから。
「この車輪がもうちょっと安定するようになれば、横転しなくなると思うんです」
ファティマはいつも騒いでるだけの娘ではない。 発想力がこの世の人間とは思えないほど冴えているのだ。 建築士くんの発明の大半は、ファティマのぼやきが発端になっていることが多い。
ランタンを作った際もそうだった。
『蝋燭と木材の残りが少ないですね~、これって燃やした後は炭しか残らないし、雷石みたいにピカピカ光るものがあれば変わりになるんですけどね?』
この発言が元になってランタンが生まれた。
それだけではない。 メルファ鉱山まで続く数々の罠を思いつくきっかけになったのも全てファティマのぼやきが原因。 建築士くんがただ騒いでいるだけのファティマを近くに置いているのは、この神託じみたぼやきを聞き逃さないためなのだ。
「アミーナさん!」
「わかってるよ建築士くん! 今すぐ素材倉庫に行こ~!」
目の色を変えた建築士くんとアミーナが風のように走り去っていく。 横転しているトロッコと共に置き去りにされたファティマは、
「ちょ! 置いていかないで下さいよ!」
数秒遅れて二人の後を追う。
走り去っていく三人を、地面の中から頭を出して眺めていたナビアたちは、困ったような表情で横転したトロッコとその残骸を丁寧に運んであげたのだった。
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