第17話

 インテラル解放軍、ガーメール大尉の天幕。


「ガーメール大尉! ガーメール大尉はいらっしゃいますか!」

「ここにいるわ、いきなり大騒ぎして……何なのよ?」

「も、もうしわけありませんガーメール大尉! インテラル解放軍総司令官より、お荷物が届きました!」

「ほう? もう来たんですの? てっきり届くのに一ヶ月くらいはかかるかと思いましたわ?」


 三日月のように口元を緩めながら、ガーメール大尉が立ち上がる。


「はは、総司令官からの伝言です。 『情けは無用、即刻メルファ鉱山を陥落させよ!』とのことです!」

「なるほどなるほど。 我々の吉報を、本軍は首を長くして待っているわけですわね?」


 遠回しにとっとと陥落しろ、何やってんだノロマ! と言われているようなものだと気づき、ガーメール大尉は悪役のように歪ませていた口元を引き締める。


「ま、まあいいですわ! 魔族軍である誇りよりも、確実に敵を殲滅する結果の方が大切なのですわ!」


 ガーメール大尉は天幕から出て行き、報告に来た兵士の後に続いて届いた荷物を確認しにいく。


 メルファ鉱山の正門にてガーメール大尉が捕まりかけて、命からがら逃げることができたかと思いきや、ブラヒムが自信満々に裏ルートを探しに行き、まんまと寝過ごすという大失態を繰り広げた悪夢の連鎖から二週間が経過している。


 ガーメール大尉は後方に控える本軍にとある兵器の貸し出しを要求した。 その兵器が届くまで、地獄の罠地帯はローテーション制で攻略に当たっていた。 ブラヒム率いる赤チームが奇数日に攻略に赴き、デルカル率いる青チームが偶数日に攻略に向かう。 本日は奇数日のため、ブラヒムが地獄の罠地帯に特攻しており、デルカル率いる青チームは本陣の守りという名目で休憩していた。


 ガーメール大尉はここしばらくの間、罠地帯の近くに行くだけで胃が痛くなってしまうため天幕で療養していたのだ。 決して嫌になって部下に攻略を任せ、無様に逃げ出したわけではない。


 連絡に来た兵士に連れられるまま本陣を後にして、荷物が置いてあるという平野へと向かう最中、遠目から見てもわかるほどに巨大な機械が視界に入っていく。


「な! これほどまでに巨大でしたの? 初めてみましたが、とてつもないですわね!」

「ええ、ガーメール大尉は魔法以外の力を好まない方でしたからね。 初めてみるのも無理ありません! 総司令も驚かれていました。 『魔法至上主義のガーメール大尉が、この兵器を貸してくれなどと要求してくるとはな。 相当追い込まれているのだろう、できるだけ早く届けてやれ』とおっしゃっていたほどです」

「むむ、そう……ですの」


 気まずそうな顔でそっぽを向いてしまうガーメール大尉。


 インテラル解放軍本陣の東に位置する平野に、ゴツい形の機械がたくさん整列している光景を目の当たりにしたガーメール大尉は、自らのプライドを捨てたことを恥じるわけでもなく、その巨大な機械を目の当たりにした時点で勝利を悟っていた。


(ふふふ、メルファ鉱山の悪魔どもも、魔法以外の力にはなんの対応もできまい)


 つい最近まで、『魔法こそが世界最強! このわたくしの炎の前では、誰一人として立っていられないのですわ! おーホッホッホッほっほっほっほ!』などと言っていたガーメール大尉の姿はもはや存在しない。


 今いるのは日頃の屈辱を払拭するために、憎悪の炎を心に灯したガーメール大尉だ。


 ぬるぬる坂ですってんころりんして顔面強打し、無様な格好で坂をとぅるとぅる滑り落ちてしまったあの日から一ヶ月半が経過している。


「ようやく、ようやくこの日が来たのですわ!」

「インテラル解放軍、兵器開発チームがミラーシールド対策に作成した巨大投石機二十機! 用意したのはそれぞれ五発分。 全て発射すれば合計百発分になります」

「相手はメルファ鉱山から動いていないはずよ? なんせ、一本しかない侵入ルートは我々がずっと見張っていたのですからね!」


 魔法を得意とする魔族軍が、魔法を跳ね返すという脅威のミラーシールドに対抗するために作成した投石機。 この投石機には秘密がある。


 普通の投石機での最大記録は、約百四十キログラムの石を飛ばす程度なのだが、この投石機には魔族軍が誇る魔法の力が仕掛けられている。


 炎の魔法や風の魔法、雷の魔法を使った超馬力の力を弾頭である岩に加えることで、最大重量1トンの巨大な岩を発射することができるのだ。 発射に魔法が使われるが、実際に攻撃を仕掛ける大岩は魔法ではない。 紛れもない物理攻撃。


 この投石機の前では、正門に仕掛けられた暑さ十ミリの鏡鉱石板など、ただの石の塊に等しい。 ガーメール大尉にトラウマを植え付けた瞬間接着液の城壁なんて、もはや障子に等しいのだ。


 投石機が飛ばした岩の下敷きになってしまえば、どんなに厄介な仕掛けだろうと等しくぺしゃんこになる。


 一トンの大岩を放出する際、この投石機の射程範囲はおよそ一キロ程度だが、今回狙うのは山の中腹にあるメルファ鉱山。


 小さな鉱山街を潰すのに、一トンの大岩を用意する必要はない。


「用意した弾頭は五百キロの大岩です。 これなら二キロ程度の距離を飛ばすことが可能でしょう。 距離でなく高さを出せるよう設定すれば、ここからメルファ鉱山を狙うことも可能です」

「ご苦労だったわ。 もう休んでいいわよ」


 ペコリと頭を下げてからその場を離れていく兵士。


 ガーメール大尉は湧き上がる興奮を抑えることができなかった。 参謀とか名乗っていたブラヒムも役に立たなかったあの罠地獄が、今となっては懐かしい。


 胃が痛くなってしまうほどの思いをした罠地獄に、もう挑まなくていいのだとわかった瞬間、世界が美しく見えてしまっているのだ。


「ついさっきまで、攻略するのは絶対に無理だと思ってしまってましたわ。 けれど、この投石機の力を持ってすれば、あの悪魔たちが生き残る未来なんて全く想像できないですわ!」


 くつくつと肩を揺らしながら綻んでしまう口元を手の平で覆うガーメール大尉。


「くふふ、あなた方が苦しむ姿をこの目で見れないことは非常に残念ですが、安全圏から笑っていられるのも今のうちでしてよ! これからあなた方は、圧倒的物理攻撃の前になすすべもなくすりつぶされるのですわ! あーはッハッハッハッハッハ!」


 ガーメール大尉の高笑いがメルファ鉱山ふもとに広がる平野に響き渡る。 その高笑いを聞き、死んだ魚のような目をしていたインテラル解放軍の兵士たちも、暗く淀んでいた瞳に光を宿し始める。


 圧倒的物量で何もかもを押しつぶす巨大投石機。


 これさえあれば、きっとこの地獄から抜けられる。 そう悟った兵士たちも、ガーメール大尉の高笑いに合わせるように歓喜の叫びを上げた。


 こうして始まるのだ。

 

 ———インテラル解放軍の、一気怒涛の大逆襲が!

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