第15話

「はいそれでは! 展示していた二つの作品は十分に観てもらったと思うので、今から多数決を取りたいと思いまーす!」


 簡易的に作られたステージの上では、先日建築士くんが発明した拡声器を使い、集まった村人たちに声を投げかけるファティマ。


 トンカチ型櫓から無事に帰宅したマテウス中佐は、村人の集団の一番後ろでその様子を見守っている。 すると、マテウス中佐の横にしれっと並び立つ建築士くん。


 マテウス中佐は隣に並んだ建築士くんを横目に確認し、真剣な表情で語りかけた。


「建築士殿。 もしやこの建物はアミーナ殿との知恵比べ的な名目で作られたのですか?」

「ええまあ。 インテラル解放軍はなかなか罠を突破できないみたいで、待ってるだけなのも暇だったんで」

「ランタン供給のおかげで資源不足はほぼ解決しましたが、問題はまだ山ほど残ってるんですよ?」


 呆れたように目を細めるマテウス中佐だったが、建築士くんは村人たちを必死に盛り上げているファティマを遠目にみながらおかしそうに鼻を鳴らす。


「まあ、確かに包囲されてる事実は変わらないので毎日魚と野菜しか食べられない生活ですが、根詰めてばっかりじゃあ精神的に保ちませんよ?」

「それは、その通りですが……」

「それに、デザイナーズ建築って、見た目はふざけてるんじゃないかって思われがちですが、実は誰にも真似できないような技術の結晶なんですよ」


 建築士くんは地面に刺さっている巨大なトンカチを指差すと、


「たとえばアミーナさんのあの建築。 基本を学ぶことしかなかった僕ではとても思いつかないですし、倒れないように骨組みや柱の位置を調整して、全体の重量などを精密に計算して作ってます」

「た、確かに。 そう言われてみると、あの建物はただふざけて作っているようには見えませんね」

「でしょう? 技術力を二人で競い合うことで新たな発想が生まれます。 そうすることで僕たち技術者は更なる高みへ目指すことができるんです。 競い合う相手がいるっていうのは幸せなことですからね。 きっとあのデザイナーズ建築を見て、建築士を目指したいと思ってくれる人も出てきてくれるはずです」


 マテウス中佐は何気なく村人の顔を総覧した。 目を輝かせながら建築士くんの建物を見上げている子供たちや、アミーナのトンカチを指差して感心したように何度も周りを駆け回る大人たち。


 包囲されたと知ったばかりの時、マテウス中佐はこんなふうに村人たちが笑って過ごせる未来など考えていなかった。


 インテラル解放軍がいつ攻めてくるかと怯え、目先の対応策しか考えることができていなかったのだ。


 今もそうだ、現在も包囲されているという事実は変わらないというのに、みんなが楽しそうに笑う姿を見て、呑気に遊んでる場合ではないだろう? と憤っている。


 建築士くんのように、みんなが楽しく何も心配しないように生活するにはどうすればいいかなど、考えてもいなかった。


 自分は未熟だ。 そう思いながら、やれやれと肩から力が抜けてしまうマテウス中佐。


 包囲されたばかりの時に、メルファ鉱山に残っている資材や食料でどうやって時間を稼ごうか考えていたマテウス中佐に「ナビアさんが湖から水引いてきてくれました~」などと言いにきた、建築士くんの素っ頓狂な顔を思い出す。


 インテラル解放軍が侵攻を開始した時「罠仕掛けてあるんでしばらくはここに来れないと思います」などとふざけたことを言っていた、建築士くんの真顔を思い出す。


 つい先日、あの灰燼公と恐れられているガーメール大尉がすぐ近くまできたと言うのに、焦りもせずに「たぶん大丈夫ですよ?」などと言っていた、建築士くんの冷静な顔を思い出す。


「あなたには、敵いませんね?」


 空気に溶けてしまうような小声で呟くマテウス中佐。


「え? なんか言いました?」

「あなたの建築は、とても素晴らしいと言ったんですよ!」


 マテウス中佐は心の枷が外れたかのような笑顔で微笑みながら、兜の後方から馬の尾のように伸びている青墨色の髪束をゆらめかし、ファティマが拡声器で騒いでいるステージの方へ走り出す。


「はいはい! お師匠様の作品【ナビアさんの集会場】がすごいと思う人は右側に! アミーナちゃんの【デカすぎたトンカチの物見櫓】がすごいと思う人は左側に! ちょっと! マテウス中佐! 真ん中は無しでお願いします! こらそこ! マテウス中佐の真似するな! もう、真ん中に立った人の投票はお師匠様の方に入れちゃいますよ!」

「ちょっと~。 それってひいきなんじゃな~い! 公平な投票を望むんですけど~」


 村人たちが楽しそうに笑う中に、マテウス中佐の無邪気な笑い声が混ざっていく。 その様子を見て、建築士くんはどこか安心したような顔でその場を後にした。

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