第19話
メルファ鉱山のふもとに広がる平野に並んでいた二十機の投石機に、重さ五百キロの大岩が装填される。 その光景を満足げな表情で確認したガーメール大尉は、口角を緩めながら大きく頷いた。
投石器に大岩が装填されたのを確認し、後ろに立っていた兵士が敬礼しながらガーメール大尉に体を向ける。
「ガーメール大尉、準備完了しました!」
「よくってよ? さあ、我々魔族軍の怒りを思い知りなさい? メルファ鉱山の悪魔ども!」
ガーメール大尉の不満が晴れたかのように、雲一つない快晴の青空の下、残酷な指示が出されようとしていた。
「———発射ですわ!」
投石機から甲高い音が響き始め、岩が装填されたスリング部分で色とりどりの魔法陣が淡く輝き始める。
魔法陣から供給される雷のエネルギーや炎のエネルギーが巨大な大岩を吹き飛ばすための馬力となり、数秒の間を置いて大岩の弾丸が放たれた。
衝撃波と共に、天高く飛翔する物理の暴力。
高い放物線を描きながら、メルファ鉱山の町があると言われていた場所に向け、隕石の雨のような勢いで降り注ぐ大岩。
大岩の大きさは全て二階建ての一軒家に匹敵するサイズで、下敷きになってしまえば確実に圧死するだろう。
無慈悲な雨が、鉱山があった場所に次々と落下していく。
最近作られたデザイナーズ建築が紙っぺらのように押しつぶされ、激しい縦揺れに見舞われるメルファ鉱山の町。
響き渡る悲鳴。
管制室でその揺れに見舞われていた建築士くんたちの耳に、村人たちの恐怖を纏った悲鳴が聞こえてくる。
「机の下に避難してください建築士殿!」
「これは、とんでもない重さの岩を用意してくれましたね」
渋面を浮かべながら机の下に避難する建築士くんやマテウス中佐。 既に机の下で蹲っていたファティマやアミーナは、祈るように両手を組んで揺れが収まるのを待ち続ける。
数分後、再び激しい縦揺れに見舞われる管制室。 二度目の縦揺れの際はもはや一度目に響いていた悲鳴をほぼ聞こえなくなり、聞こえてくるのは破壊の騒音のみ。
建築士くんたちはゴクリと喉を鳴らし、机の下で這いつくばりながら管制室の出口を見ていることしかできなかった。
どんなに頑丈に設計した建物も、一瞬のうちに押しつぶしていってしまう大岩の雨。
インテラル解放軍の罠地帯攻略が弱まり、暇になったからといって作っていた様々な建築物は、一瞬のうちに瓦礫の山に変わっていく。
ここ最近作ったデザイナーズ建築は、建築士くんたちが村人に喜んでもらえる様にと作った娯楽の一環だったが、先日までの笑顔がおこがましいとばかりに潰されていく。
激しい縦揺れが三度、四度と連続で響き渡り、最初の縦揺れから約二時間が経過した頃、最後の縦揺れに管制室が襲われた。
長く感じてしまう縦揺れが治ると、恐る恐る机の下から顔を出すマテウス中佐。
「みなさん、お怪我はありませんか?」
「机に何回も頭打っちゃったよ~、たんこぶできてないかな~」
「見た感じ私たちは大丈夫そうですよ? お師匠様は? ご無事ですか?」
「はい、なんだかまだ揺れてるような錯覚がしますね」
それぞれの無事を確認し、マテウス中佐はすぐさま管制室を出る。 ランタンで照らされた暗い道をがむしゃらに駆け抜け、長い階段を飛ぶように登っていき、入り口から差し込む日差しを手で遮断しながら地上に躍り出ると、
「なんて、なんて無慈悲な……」
マテウス中佐の視界いっぱいに広がる大岩と瓦礫の山。 大岩のせいで視界が悪く、詳しい被害状況は不明のまま。
もはや数日前まで村人たちが笑いながらデザイナーズ建築を鑑賞していた光景は想像もつかない。
「ああ、ナビアさんの集会所も、最初に作ったお肉の食堂も、全部ペシャンコにされましたね」
「あたしのトンカチの物見櫓も、子供たちが喜んでたカラクリ屋敷もだよ~」
マテウス中佐を追って外に出てきた建築士くんたちも、目の前に広がる景色を見て瞳に涙を浮かべている。
「せっかく、せっかく村の皆さんに喜んでもらうために、建築士殿たちが知恵を絞って作った傑作の数々が……」
マテウス中佐は、大岩に押し潰されてしまったであろうナビアさんの集会場のそばで膝をつき、全身を震わせながら涙をこぼす。
その光景を、建築士くんたちは気まずそうな顔で眺めていることしかできない。
「わー! トンカチが潰されちゃったー!」
「カラクリ屋敷もなくなっちゃったよ!」
「おかーさん! 煉瓦のかわいいお家、まだ見てなかったのに! もう見られないの?」
子供たちの悲痛な叫びが、建築士くんたちの背後から響き渡る。
「あっちゃ~。 俺、建築士様のお肉の食堂でご飯食ってみたかったんだけどな~」
「あたし、今日はトンカチの物見櫓に登る予定だったのに!」
「うわー、これはひどいな。 今日は息子とカラクリ屋敷で遊ぶ約束していたのに、残念だ」
子供たちを追ってきたかのように、大人の村人たちが続々と姿を現す。 地上に出るまでの長い階段を、全員駆け上ってきたのだろう。 大人たちは肩で息をしながら、残念そうに眉をハの字に歪めていた。
「皆さん、お怪我はなかったですか?」
そんな村人たちに、建築士くんが心配そうに声をかけると、
「あるわけないだろう? 縦揺れが激しい時に机に頭ぶつけたりしたが、誰も大怪我はしてねえよ!」
「家具が倒れてきたからすっごく怖かったですが、子供たちもこうして元気に走り回っていますし」
「建築士さん、そんな残念そうな顔すんなって! 暇な時間の楽しみは無くなっちまったが、生きてられるだけでも感謝しねえといけねえんだからな!」
管制室にひどい悲鳴が聞こえてきたが、あれは家具が倒れたりした際の叫び声だったようだ。 誰だって激しい縦揺れに見舞われれば悲鳴をあげたくもなる。 ある程度慣れれば、悲鳴すら上げなくなるが……
肩を落としていた建築士くんに、村人たちが暖かい声援を送っていく。 膝を折ってシクシクと鳴いていたマテウス中佐は、涙でずぶ濡れになった顔のまま立ち上がると、
「念の為、皆さんお怪我がないかを確認いたします! まだ家の中にいる方がいるかもしれません、拡声器で村中を回って、中央広場に集合するように声かけの協力をお願いします!」
マテウス中佐の声かけに、素直に頷く村人たち。 そして村人たちは集まった。
薄暗い町の中央、ランタンの灯で照らされた中央広場に。
結果的に、死傷者は一人たりともいなかった。
それもそのはずだ。 この村の人々は、初めから地下で生活していたのだから。
薄暗い道を照らすためにランタンを急いで作ったのは、地下で生活している村人たちが、松明や蝋燭を常に灯す必要があったからだ。 一日中地下で生活しているのだから、一ヶ月で資源が枯渇するのは必然的なこと。
この投石騒ぎで崩壊したのは、全て地上に造られていたハリボテの住居。 包囲される以前にこの町の人々が暮らしていた、以前住んでいたメルファ鉱山の町の跡。
日中暇な時間を潰すために作られた、建築士くんやアミーナの作品を展示していたハリボテしかない町だったのだ。
正門に誰も見張りがいなかったのは、そもそもハリボテしかない町に誰も住んでいなかったから。 ハリボテをたくさん作っていたのは、建築士くんやアミーナの技術向上のため。
地下に住むようになったのは、こういった災害を未然に防ぐため。 包囲され始める前から、彼らは地下に住居を移している。
初めからこうなることがわかっていたかのように、建築士くんはナビアたちに頼んで、安全な場所に地下の村を作るようにお願いしていたのだ。
管制室から正門を見張れるように、鏡鉱石の光の反射を利用した監視の筒を地上に伸ばし、地下から正門やインテラル解放軍本陣の様子を逐一監視していた。 ガラスで作ったレンズを数枚重ねている監視の筒は、遥か三キロ離れたところでも監視ができる。
インテラル解放軍が投石機を搬入した時点で、先日作った拡声器を使って住民たちが地上に出ないようあらかじめ警告することすらできていた。 マテウス中佐が研究室に駆け込んできた時から、町の人々はすでに地下への避難を始めていたため死傷者がゼロだったのだ。
拡声器で一言声をかければみんな地下にある家に戻っていくし、地下があるのは長い階段を降りた先。 ナビアたちが掘ってくれた湖への水中トンネルに程近く、地盤が安定している地点だ。 激しい縦揺れが近くで発生しても、天井が降ってくるような災害は発生しない。
結果的に、インテラル解放軍の投石が押しつぶした町には誰も住んでいない。 あるのは建築士くんとアミーナが技術の全てを注いだデザイナーズ建築の数々。
マテウス中佐率いる駐屯兵たちが見張りに巡回しているのは、町の入り口と地下の町の内部のみ。 正門は町の入り口ではないため、彼らは巡回すらしていない。
「くっ、私の未熟な心を諌めてくれた、デザイナーズ建築が全て押しつぶされてしまった!」
鼻水を垂らしながら大泣きし始めるマテウス中佐。 その様子を、深刻そうな顔で見守る建築士くんたち。
この記述を読んでいた人々の中には、死人が出たと確信していた人も多くいるだろう。 紛らわしいことするなとマテウス中佐に言いたい気持ちはあるだろうが、思い出の建築物が大岩で押しつぶされたのだ。 泣いてしまうのはしかたがないだろう。
死人ゼロなのに、なんでしんみりしてるんだ建築士くん! といいたい気持ちもどうか心にしまって欲しい。 丹精込めて作った建築物が壊されれば、誰だってしんみりしてしまう。
何度も記述するが、村人は誰一人死んでいないし、怪我すらしていない。 ちょっと頭を打ったりした者たちはいるが、大事には至っていない。
マテウス中佐が村人全員の安否を確認したところ、家具の倒壊で下敷きになった者もいなかった。
被害的にはデザイナーズ建築の全滅と、畑の作物たち。 あとはみんなの思い出だけだ。
そんなこともつゆ知らず。 メルファ鉱山ふもとの平野では、くつくつと肩を揺らしながら長い長い高笑いを響かせているガーメール大尉。
勝利を確信した兵士たちも、その高笑いに合わせるように歓喜の声をあげている。
これであの地獄とはおさらばだ。 あとは安全に罠を突破して、瓦礫と大岩の山になったメルファ鉱山に突入すればいい。
心の枷が外れたかのように、涙を流しながら高笑いをあげるガーメール大尉と、地獄から解放されると思い込んでいる兵士たちの大地を震わす大歓声。
しかし残念なことに、このお祭り騒ぎが続くのは、ほんの一瞬だけであった。
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