第37話

 来た道を戻り、隅から隅まで隠し通路がないか調べていたデルカルたちが第二関門の部屋に戻ってくると、そこに寝ていたはずのガーメール大尉とブラヒムの姿が消えていた。


 ギョッと目を見開いて硬直するデルカルと、おどおどとしながら忙しなく部屋中を歩き回る精鋭魔族たち。


 キュッと拳を握りしめたデルカルは、


「おそらく、あの横穴から悪魔たちが現れ、ガーメール大尉たちは連れ去られたのでしょう」


 自らの見解を口にした。 それを聞いた精鋭魔族たちもそれぞれの意見を口にし始める。


「すぐに探しに行くべきです!」

「一度撤退して応援を呼びましょう!」

「おのれ悪魔たちめ! 俺が二人の仇を取ってやる!」

「こういうときは座禅を組み、心頭を滅却しましょう!」


 ガヤガヤと騒ぎ出す精鋭魔族たちを黙らせるため、デルカルはスッと手を上げた。 ただならぬ雰囲気を察し、押し黙る精鋭魔族たち。


「私が、一人でこの穴に入ります」

「そんな! デルカル様お一人で向かうなど! 危険です!」

「違います。 何も私は、悪魔たちに捕まりに行くわけではありません」


 必死に止めようと声を上げた精鋭魔族に、デルカルは朗らかな笑みを向ける。


「いいですか。 あなた方は、私だけでなくガーメール大尉やブラヒム様が選んだ、精鋭中の精鋭です。 私が一人で行こうと言ったのは、私の身に何かがあったとしても、あなた方が後ろにいるという安心感があれば、どんな無茶でもできるからなのです」

「デ、デルカル様……」


 一人の精鋭魔族が涙ぐむと、それに釣られて部屋の中に鼻を啜る音が反響し始める。


「いいですか。 私がこの横穴に入った後、一時間して戻らなければ、その先の判断はあなた方に委ねます」


 目頭を押さえながら何度も頷く精鋭魔族たち。 心優しい彼らの顔をゆっくりと総覧したデルカルは、控えめに笑いながら横穴の前で低く屈む。


「安心してください皆さん。 私は捕まる気などありません。 必ずガーメール大尉やブラヒム様を連れて、正しい道を見つけて見せます!」

「わ、我々は引き続き、この通路の中に隠された秘密通路の捜索にあたります!」


 頬をびしょ濡れにしながら立派な敬礼で応じる精鋭魔族。 デルカルは安心したように大きく頷くと、四つん這いになって横穴の中を進んでいった。


 そうしてデルカルは、がむしゃらに進み続けた。 連れ去られた(と勘違いしている)ガーメール大尉やブラヒムを助け出すため、脇目も振らずにひたすらに進み続けた。


 その全力ダッシュは、背筋がピンと伸びた状態であごは上がっており、肩を大きく振り回しているが腕は全然振れてない、足の歩幅も非常に狭く、むしろ足が上がっていない。


 肩で風をきって走っているような、なんだかフラミンゴが走っているような残念さ。


 フラミンゴダッシュでひたすら駆け抜け、既に解かれていたギミックなどものともせず、第四関門の薄暗い細道にたどり着く。


「待っていて下さい! ガーメール大尉、ブラヒム様!」


 デルカルは、力強い一歩を踏み出そうとしたその瞬間、罠を察知するために自身の体前面に漂わせていた風のセンサーに異常を感じ、慌ててバックステップをする。


「糸? なんですかこれは?」


 そう、その細道には無数の糸が貼られていた。 デルカルは風の魔法で糸を揺らす。 すると、


「な! なんて恐ろしいトラップ!」


 床がガシャんと抜け落ち、数秒後に抜け落ちた床が元の位置に戻っていく。 そう、この細道にはこういった罠が大量に仕込まれている。

「入り口にあった第四関門の粘着糸とは違う糸。 この糸は触っても平気なのでしょうけど、触れば何かしらの罠が作動する!」


 ゴクリと喉を鳴らすデルカル。 デルカルは恐る恐る先ほどの糸をもう一度風で揺らすと、


「しかも、一度かかった罠でも再利用できるのですね」


 先ほど同様、大きな扉が開くかのように、中央で真っ二つになった床が抜け落ち、何事もなかったかのように戻っていく。


「なんなら糸に触れないよう、気をつけて進めばいいだけのこと!」


 デルカルは自らの頬を叩き、気合を入れると、糸に触れないよう慎重に足を踏み入れる。 まるでレーザートラップを回避する腕利き怪盗のように、糸のトラップをまたぎ、身をかがめ、時には床に這いつくばりながら進んでいく。


 自身の体前面に微弱な風を流しているため、目に見えなくてもどこに糸があるのかはわかる。 そう、糸の位置だけはわかるのだ。


 だからデルカルは全く気がつかない、今から足を踏み入れようとしてる部分に、床に偽造されたスイッチ型の罠があることに!


「な、なんですってぇ!」


 そして災難はそれでは終わらない。 足を踏み入れた場所がスイッチのように沈んだせいで、無理な体制をとっていたデルカルは見事にバランスを崩し、盛大に転倒してしまうことに!


「きゃあぁぁぁぁぁ! 糸が! 糸が体にぃ!」


 そうして大量の糸が体に巻き付いてしまい、大量の睡眠胞子やらけたたましい警報音やら頭上から大量の水が落とされるやらの大惨事が発生し、てんやわんやしてしまうことに!


(まずい! この粉は睡眠胞子! これだけは吸ってはいけない! 警報もどうにかしなければ! 侵入したことがバレてしまう!)


 幸い、頭上から降ってきた水のおかげで睡眠胞子が蔓延することは防げた。 この水がなければ今頃寝てしまっていただろう。


 頭上から降ってきた大量の水のせいでずぶ濡れの濡れ鼠になってしまったデルカルは、慌てて体制を立て直そうとした。 しかし、


(頭上から何かが近づいてくる!)


 風のセンサーが頭上から接近する物体を察知。 すぐに臨戦体制をとったデルカルだったが、頭上から降ってきたのは、


(これは! 鏡鉱石で作られた檻! しまった、捕まってしまったか!) 


 青ざめるデルカル。 頭上から降ってきた格子状の檻は鏡鉱石で作られているため、魔法で無理やり壊すことはできない。


 檻を壊そうと格子にしがみつくが、びくともしない。 もたもたしている間に格子の檻は何かに引っ張られるように動き出してしまう。


 焦るデルカル。 咄嗟の判断で思いついた方法を試すため、一か八かで片腕だけを格子の隙間から伸ばした。


 掌に魔力を集中させ、掌から一気に放つ。 するとデルカルの掌から突風が放たれる。 無論壁や床に仕込まれていた鏡鉱石がその風を反射させるが、それが反射される前にデルカルはもう一度掌から突風を放つ。


 突風同士がぶつかり合い、高エネルギーの力が発生し、引っ張られていた檻はそのエネルギーに耐えられず宙を舞う。


 天井に叩きつけられ、壁にぶつかり、さらに大きく吹き飛んだ影響で何度か横転した鏡鉱石の檻は、大幅に破損してしまっていた。


 無論その中にいたデルカルも無事ではすまない。 しかし、絶体絶命かと思われた檻の中よりも、大怪我をしてでも外に出られた方が助かる道は大量にある。


 痛む足を引きずり、額からこぼれた血液で片目を瞑りながらのそのそと破壊された檻から這い出てくるデルカル。


 片足はおそらく骨が折れている、全身打撲に軽い脳震盪も起こしているだろう。 すぐに休まなければ体力が持たない。


 デルカルは壊れた檻に背を預け、ぼんやりと周りの様子を確認する。


 気がつくとそこは、少し開けた広場のような場所だった。 鋭い視線で周囲を観察するデルカル。


 だが、悠長に周囲の観察などしてられない。 背後から巨大な何かが這いずってくるような音が響く。


 ガラガラと、重い金属を引きずるような物騒な音に驚きながら、デルカルは破壊された檻の残骸に身を隠した。


 すると、地面を引き摺るような音は近くで停止し、乾いた金属音が二回響き渡る。


「ちょっと~、この檻作るの大変だったのに~。 何壊してくれちゃってんの~」

「随分と派手にぶっ壊しましたね~。 私たちは少し楽できるかと思ってたのに」


 二人の少女が放つお気楽な声音に眉根を寄せるデルカル。


(何者なのでしょう?)


 声に出さず、相手に気取られないようその全貌を確認しようと、檻の残骸からこっそりと声の方向を確認しようとする。


 すると目の前に、見たこともない物体が停まっていた。


(な、なんだあの金属の塊は!)


 デルカルの目に入ってきたのは、足回りに無限軌道をつけた金属の箱。 その大きさは高さは二メーター近く、横幅は三メーターほどの巨大な金属の塊。


 箱の側面には窓のようなものが取り付けられており、箱の上部から丸い金属の蓋のようなものを手で持ち上げながら顔を出す二人の少女。


「隠れてないで出ておいで~。 何も抵抗しないなら~、クッキー食べさせてあげるからさ~」

「ちょっとアミーナちゃん! クッキーは勿体無いからやめましょう! 魔族に食わせるお菓子なんてないですよ!」

「でも~、なんだかいっつも私たちにボッコボコにされちゃっててさ~、かわいそうじゃ~ん?」


 三つ編みおさげの少女が放ったその言葉に、デルカルはピキリとこめかみに血管を浮かべた。


「私たちが、ボコボコにされていて……可愛そう? ですと?」


 肩を怒らせながら姿を見せるデルカル。 その怒りの形相を見た二人の少女は、困ったような表情で顔を見合わせている。


「ほら見たことですかアミーナちゃん! あのポンコツ魔族さん、すっごくお怒りですよ?」

「きっとファティマちゃんが~、クッキーあげるのは勿体無いって言ってるから怒ってるんだよ~」


 呑気に喧嘩を始めてしまう二人を見て、とうとう頭に血が登ったデルカルは、


「私の名はデルカル! 我々インテラル解放軍メルファ鉱山殲滅部隊隊長、ガーメール大尉の右腕だ! 相手にとって不足はあるか! メルファ鉱山の悪魔ども!」


 満身創痍にもかかわらず、声高々に自己紹介をしながら姿を見せるデルカルに、アミーナと呼ばれたおさげの少女と、ファティマと呼ばれたふんわりボブの少女たちは、あたふたしながら居住まいを正す。


「これはこれは~。 ご親切にありがとうございます~。 あたしはアミーナって言います~。 見ての通り、鍛冶精霊です~」

「私はお師匠様の一番弟子! ファティマです! 以後お見知り置きを!」


 丁寧に頭を下げながら挨拶をし始めてしまう少女たち。 その余裕綽々とした態度に、デルカルの堪忍袋の尾は切れた。


「そうか、死ね!」


 デルカルが放ったかまいたちが、少女たちの首筋に伸びていく。


 しかし二人とも慌てた様子もなく、あっけらかんとした顔で板を取り出した。


(ミラーシールド!)


 デルカルは跳ね返ってきたかまいたちを相殺し、殺人鬼のような眼差しで二人を睨む。


「ね~ね~デルカルさ~ん。 無駄な抵抗はやめて降伏しようよ~。 あたし~平和主義なんだ~」

「それは挑発か? 安心しろ、そっくりそのまま返してやる。 命が惜しければすぐにこうべを垂れて命乞いをしろ! そうすれば苦しむ事はない!」

「話、聞いてるのかな~。 冷静になってよ~。 その怪我でさ~、この四輪トロッコ相手に勝てると思ってるの~?」

「四輪……トロッコ?」


 デルカルは首を傾げる。 もちろん彼女はトロッコくらい見たことがある。 しかし目の前にある金属の塊は、トロッコと呼ぶには大きすぎる上に足回りについた無限軌道のせいか、非常に物騒な兵器に見えるのだ。


 しかし得意げな顔で腰に手を当てたファティマは、さぞ嬉しそうな顔で指を立てながら、


「これはこの前お師匠様が開発した、レールがなくても好きな場所を走れるトロッコなのです! 凸凹の地面に対応できるよう、車輪は八つに増やして金属の帯で固定。 この八つの帯型車輪のお陰で悪路にも強くなり、さらにこの鏡鉱石板で作った車体部分は魔法にも強い! 鉱石の採掘車だけでなく戦闘でも役に立つ。 戦うトロッコなのです!」


 両腕を高々と開きながら性能を明かされる戦うトロッコ、通称戦車。 ちなみに、お約束のため一応言っておくが、設計したのは建築士くんだし作成技術を提供したのはアミーナだ。 つまり作ったのはファティマではない。


「車輪が八つなのに、四輪トロッコとかいう名なのか?」


 デルカルのごもっともな指摘に、ファティマは気まずそうな顔で口をつぐんだ。 けれど額に汗を浮かべながらもアミーナが慌てて補足する。


「大きい車輪が四つ、補助用の小さい車輪が四つ。 計八つかもしれないけど~、雷石で駆動してるのは大きい車輪の方だから~、四輪駆動のトロッコ。 略して四輪トロッコだよ~」

「そ! そうそれ! それです! この四輪トロッコは、雷石で四輪駆動なのです! わーはッハッハッハッハッハ!」


 取り繕ったように笑い出すファティマ。 そのやりとりを見ていたデルカルはつまらなそうに鼻を鳴らすと、


「で? 命乞いはもういいのか?」


 とてつもない殺気を放ち始める。 その面白みのない反応にイラッときたファティマは、口調が荒くなり始めた。


「こんちくしょう! 命乞いをするのはオメェのほうだろぉがべらんめぇ!」


 ファティマは顔を真っ赤に怒らせ何かを投げた。 それを目視したデルカルは自らに風魔法を使用し、一息に四輪トロッコの上でいい気になっている二人に肉薄。


「え? はや~!」

「なぁ! こんにゃろめぇ!」


 投げたのは睡眠胞子を放つ手榴弾だったが、空を駆けるデルカルに当たるわけもない。


 ファティマが手元にあった大きめのスパナを振り回すが、空中で風をたくみに操り、スレスレでかわしたデルカルはまだ自由に動く右足に風を纏い、空中で回転しながらファティマの頭にふりおろす。


「まずは一匹!」


 青ざめるファティマだったが、必死の形相でミラーシールドをファティマの方に投げるアミーナ。


 飛んできたミラーシールドに反応して直前で身をひるがえしたデルカルは、舌打ちしながら飛んできたミラーシールドを大袈裟にかわす。


「ちょこざいな」

「中に入るよ~! ファティマちゃん!」

「あ、あたぼうよ!」


 片手で持ち上げていた金属の蓋を閉め、箱の中に隠れてしまう二人。 その様子を見てデルカルは目を細める。


「すぐに叩き出して、抹殺してやる」

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