第21話

 現実逃避に費やしたのはおよそ小一時間程度だった。 ようやく正気に戻ったガーメール大尉たちは天幕に戻り、頭を抱えながら地図と睨めっこしている。


「どぅおぉぉぉぉぉぉして! どぉーしてあの悪魔たちはまだ生きていますのぉぉぉ!」

「おおおおお落ち着いてくださいガーメール大尉! あれはきっと幻でございますよ! もう一度様子を見に行きましょう! きっと昨日埋め立てたぬるぬる坂がちゃんと見えるはずでございます!」


 ガーメール大尉とブラヒムは、頭を抱えて机に突っ伏していたデルカルを置き去りにし、足を車輪のように回しながらぬるぬる坂の様子を見に行った。 そして戻ってきた。 頭を抱えた。


「どぅおぉぉぉぉぉぉして! どぉーしてあの悪魔たちはまだ生きていますのぉぉぉ!」

「おおおおお落ち着いてくださいガーメール大尉! あれはきっと幻でございますよ! もう一度様子を見に……」以下略。


 信じられない光景と、トラウマが復活してしまったことで、ガーメール大尉たちの精神は崩壊してしまっている。


 攻略したと思い込んでいたメルファ鉱山の悪魔たちは、何事もなかったかのように存命であることを知らしめてきたのだ。 昨日埋め立てたはずのぬるぬる坂を、夜中の間にきっちり元の状態に整地して。


「おかしい! おかしいですわ! 確かに投石はメルファ鉱山の町を潰していますわよ! あそこに恐怖の正門があった事を、わたくしはしっかりと覚えていますもの!」


 双眼鏡を覗きながら、怒鳴るような大声でブラヒムに語りかけるガーメール大尉。


「まさか! 今までのものは夢だったのか? 夢から覚めればきっと、昨日埋め立てたぬるぬる坂が目に映るはず! 大尉! 私のほっぺをつねって下さい! きっとこれは夢で……」

「いい加減にして下さい!」


 ブラヒムの頬は、デルカルのフルスイングビンタによって叩かれた。 空中で三回転半しながら飛んでいくブラヒム。 何事もなかったかのようにデルカルに視線を釘付けにするガーメール大尉。


「今はなんで悪魔たちが生きていたのかを確認する場合じゃないはずです! 今考えるべきなのは、今から七日以内にいかにしてメルファ鉱山を制圧するか、これ以外考える必要ないではありませんか!」


 いつもは気弱なはずのデルカルからは想像もつかないような気迫に、ガーメール大尉は自然な動作で正座してしまう。


 おそらくデルカルも気が動転してるのだろう、だからこそ弱気だったはずのデルカルがこんなにも強気に発言している。


「いいですか! あの罠地獄を正面から突破するのは現実的ではありません! ここ一ヶ月の間我々は毎日のように攻略に臨みましたが、兵士たちは第四関門の前に脱落、私やブラヒム様も第五関門は突破できた試しがありません。 あそこを突破できるのはガーメール大尉だけ!」

「そ、その通りですわ。 けけけけれど、わたくし嫌ですの。 もう、もうあんな怖い思いはしたくありませんの」


 城壁に貼り付いてしまい、危うく捕まりかけた際の記憶が蘇ったガーメール大尉は、顔面蒼白で震え始めてしまう。


「ええその通りです。 ガーメール大尉一人に責任を押し付けるようなことはもう致しません! 他のルートを探しましょう!」

「ほ、他のルート? ですの?」


 なぜか縮こまってしまっているガーメール大尉だが、アドレナリンがガンガン出ているせいかなのか、強気な姿勢のデルカルはガーメール大尉の目の前に地図を広げる。


 先ほどのビンタでけいれんしていたブラヒムもいつの間にか復活し、真っ赤に晴れた頬をさすりながらデルカルの隣に腰を落とすと、三人で床に広げたメルファ鉱山周辺の地図を凝視し始めた。


「おかしいとは思いませんか? なぜメルファ鉱山の悪魔たちは、ここ一ヶ月間包囲されているというのに水や食料が枯渇しないのでしょうか? そろそろ食糧不足で白旗を上げてもおかしくない。 だというのに、その様子は一切見られない」

「山の湧水とかがあるのでは?」

「水があるならまだしも、食料は? まさか、鉱石をかじって生活してるとでもいうのですか?」


 デルカルの問いかけに、ブラヒムは顎をさすりながらうめき始めてしまう。


 その様子を横目に見ていたガーメール大尉は、ポンと手を打って地図を隅々まで確認し始めた。


「つまり、我々の知らない秘密のルートが、この山のどこかにあるということか! 水や食料はそこから調達していると?」

「その通りです! 流石です、ガーメール大尉!」


 花が咲いたような笑みをデルカルに向けるガーメール大尉。 褒めて褒めて! とでもいいたそうだった。 相手は部下なのだが……


「そこで、今日は全兵力を動員して山の周辺を隅々まで探索します!」

「抜け道を探し、そこから一気に攻め立てるのですわね!」

「ええ、おそらく簡単に見つかるような場所にはないのでしょう、でなければ我々は今頃、その抜け道からメルファ鉱山への侵入を成功させているはずですから!」


 今まで周辺の探索をしてこなかったのは、メルファ鉱山の上空に住む魔物との戦闘を避けるためであったり、山の中を徘徊する危険な魔物に遭遇しないためである。 この世界には多数の魔物がいるため、こうして本陣を構えている周辺でも魔物に襲われないために兵士たちが逐一見回りしている。


 鉱山へのルートには魔物が苦手とする植物や柵が使われているため、安全なルートが一本しかなかっただけなのだ。 要は今まで攻略しようとしていたルートは、メルファ鉱山が鉱石を安全に運ぶために作っていた一本道。


 メルファ鉱山は安全を期してその一本道以外はわざと崖のような形状にしている。 崖を登れば道はあると言えばあるのだが、崖を上っている最中は無防備になってしまい、空飛ぶ魔物に襲われてしまう。


 しかし抜け道があるとすれば横穴や麓からは見えない岩影に限られるだろう。 隈なく探索すれば見つかることがあるかもしれない。


 だが今まで探索すると言う思考が皆無だった。 それもそのはず、魔物に襲われたりするせいで、探索に集中することができないのだ。


 そのため一番の安全圏である罠地獄攻略を余儀なくされたが、よくよく考えれば崖でなく平地で魔物と戦うのならば、罠地獄攻略より容易だ。 そもそも、罠地帯以外に抜け道があるかもしれないという思考すら浮かんでいなかったのだが……


 攻略できない罠地獄に時間を取られるのならば、探索だけでもした方がいい!


 山の周囲を隈無く探すというのは発想の転換であり、追い込まれた末の苦肉の策と言ってもいい。 だが、デルカルの主張は理にかなっているため、ブラヒムはすぐさま効率よく探索を成功させるための部隊編成を組み始める。


 ここまでいいところなしのブラヒムが、ようやく参謀らしい発言をすることができたのだ。


「よし、探索部隊を三人一組、二十チーム編成し、隅から隅まで山の周辺を探索させるのに集中させましょう。 あとは魔物に対応する部隊を別で作り、探索専門で駆け回る部隊を援護させれば効率よく探索が成功するはず!」

「編成は任せて良いかしら! ブラヒム!」

「私を誰だと思っているのですガーメール大尉! 私は今まであなたを支え続けてきた参謀ですよ! すぐに抜け道を見つけて見せましょう!」


 つい先日、似たようなセリフを聞いたせいか、ガーメール大尉とデルカルは不安そうに眉を歪めたのだが、


「何、心配することはありません。 今から戦うのはメルファ鉱山の悪魔たちではなく、山の周辺を徘徊する野生の魔物なのです。 私が、野生の魔物たちに遅れをとったことがあったでしょうか?」


 心強い言葉と共に、自信に満ちた表情を見せてくるブラヒム。


 忘れてはならないが、ガーメール大尉は灰燼公と恐れられた最強の魔族であり、それを陰で支え続けたのは参謀のブラヒムだ。 彼女たち二人が本気になれば、千人単位の軍隊を用いても止めるのは難しいだろう。


 少し凶悪な魔物程度、簡単に捻り潰すことが可能なのだ。


「我々の戦いはまだ終わってはいないのです! さあ号令を! ガーメール大尉!」


 ブラヒムとデルカルから、希望に溢れた輝く瞳を向けられるガーメール大尉。 一時はどうなることかと思い、現実逃避してしまった時間もあったが、二人から向けられる視線を浴び、ガーメール大尉は思い出す。


 ———自分には、なんて頼もしい仲間たちがいるのだろうか? という事を。


「そうですわね……準備はよろしくて? ブラヒム、デルカル!」


 ガーメール大尉の鬼気迫る視線を受け、二人は力強く頷く。


「真の反撃は、これからですわよ!」

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