秘密の抜け穴

第22話

「押さないでくださいよ! 絶対に押さないでくださいよファティマ殿!」

「えい」

「なぜ押したぁぁぁぁぁ! ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 熱湯風呂に叩き落とされ、顔を真っ赤にしながら悲鳴をあげているマテウス中佐。 別室で監視筒を覗いていた建築士くんとアミーナは、その光景を見てゲラゲラと笑い出す。


 机をバシバシ叩きながら大笑いするアミーナに対し、肩を小刻みに揺らしながら含み笑いを漏らす建築士くん。


 なぜ、こんなことになっているのか、ことの顛末はつい三時間ほど前の話である。


「インテラル解放軍が突然山の周囲を探索し始めたんですか?」

「はい、おそらくこのメルファ鉱山につながる隠し通路を探そうとしているようですが、我々が通っているのはナビア殿が掘った横穴。 そんな隠し通路などないというのに、滑稽ですな」

「いや、一つだけあることにはありますよね?」


 建築士くんが渋面を浮かべながらそう告げると、マテウス中佐は首を傾げてしまう。


「そんな抜け穴があったのですか? 私は聞いていませんよ?」

「いやいや、冷静に考えて下さい。 僕たちはどこから水を引いてきてると思ってるんです?」


 冷静な指摘を受け、ハッと瞳孔を開くマテウス中佐。


「まさか! 湖?」

「見つかったら少々まずいっすね。 今からじゃ大した罠も作れませんし、湖と繋がる横穴から僕たちの住んでる地下の街までの距離はおよそ五百メートル。 見つかったら本気でやばいっすよ?」

「ドドドドド、どうしましょう!」

「できる範囲で罠を用意するしかないですね。 足止め程度にしかならないかと思いますが、とりあえずアミーナさんも呼んできます」


 こうして、湖から村までの通路に簡易的な罠が仕掛けられた。 インテラル解放軍がこの湖の底に繋がる横穴に気がつくのも時間の問題のため、入口の一本道に仕掛けたような大掛かりな罠は設置できない。


 そのため急遽ナビアたちコルドラゴに協力を願い、湖から村までの通路に五つの部屋を掘ってもらった。 そこに仕掛けた罠はアミーナと建築士くんが技術比べで作成したカラクリ屋敷の技術を応用。


 罠にかかった標的にダメージを与えるよりも、頭脳や体力を酷使して精神を削っていくスタイルにしたのだ。 幸いにもカラクリ屋敷作成時の設計図も残っているため、建築士くんお抱えの大工たちや、アミーナ率いる鍛冶精霊たちを動員し、簡単な工作をするだけで罠の設置は完了した。


 マテウス中佐が体験攻略に臨んでいるのだが、マテウス中佐が抜擢された理由はアミーナの一言が原因。


「そういえばこの前~、正門攻略しようとしたマテウス中佐の動きは~、ガーメール大尉とシンクロしてたよね~? ってことは~、マテウス中佐が攻略できないなら安全ってことになるんじゃな~い?」


 こうしてマテウス中佐が簡易罠の体験をしているのだが、ついでということでこの前の正門騒ぎを起こした張本人であるファティマも、罰としてマテウス中佐の手伝いをしているのだ。




 ともあれ、熱湯風呂から涙目で上がってくるマテウス中佐。


「なぜ、なぜ押したのですかファティマ殿! 押すなといったではないですか!」

「いや、押すなって言われると、押したくなるのが人族ですから」

「そういう問題ではないですぞぉぉぉぉぉぉ!」


 この熱湯風呂の罠は第一関門。 狭い通路の床が深く掘られており、そこには熱々の熱湯風呂が待ち構えている。 堀の下を満たしている水の中には高熱を放つ灼熱石という鉱石が沈められているため、何の整備をしなくてもお湯は高温を保つことができる優れものだ。


 通るためには並行に伸びる壁の間で両手両足を突っ張り、蜘蛛のような体勢になりながら壁に張り付くように進んでいき、熱湯風呂に落ちないように進まないといけないのだ。


 しかし、初めて挑むマテウス中佐は壁に貼りついた時点で四肢がプルプルし始めてしまい、ファティマはニンマリしながらその様子を見ていたため、マテウス中佐は嫌な予感を感じ取ったのだろう。


 「押すなよ! 押すなよ!」っと言い出し、プルプルしながら必死に押すなと言ってきたマテウス中佐にいたずら心が働いてしまったファティマは、無慈悲にマテウス中佐を押してしまった。


 こうして熱湯風呂で茹でられてしまったマテウス中佐は、なんとか岸に戻ってこれたのだが、


「これは、鎧を脱がなければ難しいですぞ!」

「なるほど、ここで相手を丸裸にするという意図があるのですね?」

「なんて無慈悲な、建築士殿はやはり鬼畜ですな」


 マテウス中佐は渋々鎧を脱いで壁に張り付きながら進んでいく。 鎧を脱いだマテウス中佐をファティマは二度見した。


 なんせいつも鎧で隠れていた豊満な胸が露わになり、さらには日々の鍛錬で引き締まっているウエストと、程よい太さですらりと伸びている長足。 モデル体型とは彼女のことを指すのだろう。


 さらにはその良過ぎるスタイルを引き出すのは、鎧の下に来ていた衣服が問題だ。 体の線にフィットしたオールインワンのレオタード風衣装なのだが、肩や腰、脛部分を気持ちばかりに守らんとするシリコンのような素材が使われており、そのスタイルでその衣装は反則だ、とばかりにファティマは目を剥いている。


 別室で監視筒を覗いていた建築士くんもゴクリと喉を鳴らしており、隣に座っていたアミーナは、冷ややかな視線を横目で送っている。


 二人がなんとか壁を乗り越えたところで、次に待ち受けるのは謎の部屋。


 ここが第二関門である。


 約八畳程度の部屋に入ると、奥の壁には扉が三つ設置してある。 そして部屋の隅には少々大きめの看板が立てかけられており、その看板にはこう記載されていた。


『本物の道を探して下さい』


 心底嫌そうな顔で三つの扉を睨みつけるマテウス中佐。 遅れてやってきたファティマは、第一関門で酷使した四肢がけいれんしている。 第一関門の熱湯地獄は女性にとって非常に厳しい罠だったようだ。 ちなみにマテウス中佐も女性だが、彼女は軍人だ。 鎧を脱げば突っ張って進むのは容易なようだ。


 ファティマも三つ並んだ扉をチラリと伺い、苦笑いをする。


「あの、これって見るからに罠ですよね?」

「はい、これを見て下さい。 この中に本物の道があるようです」


 マテウス中佐が看板を指差しながら渋い顔をする。


「三分の一の確率で、ひどい目に遭うってことですね?」

「そのようですね。 ではファティマ殿、お先にどうぞ」

「なんでそうなるんです?」

「さっき、押さないでくださいと言ったのに押したではありませんか。 というわけで、どうぞ」


 マテウス中佐が真剣な表情でファティマを睨みつける。 少々罪悪感があったのだろうか、ファティマはごくりと喉を鳴らしてから一つ目の扉に手をかけようとする。 が、突然静止するファティマ。


「これは、ドアノブに仕掛けが施されている可能性が高いですね」


 ファティマはドアノブを睨みながらそう呟く。


「私はお師匠様の弟子なのです、この程度の引っ掛けには騙されません!」


 ファティマはドアの隙間に指を突っ込んだ、そうしてドアの隙間に突っ込んだ指をぐりぐりめり込ませて無理やりドアを掴む。 すると、


「ん? あれ?」


 ドアは引き戸でもなく、押し度でもなかった。 もちろん上にスライドする訳でもない。 そもそも、ドアと言っていいのか不明な形状だった。


 簡単に説明すると、ただ立てかけられていただけだったのだ。 ファティマが無理やり引っ張ったせいで、立てかけられていたドアがファティマの方へ倒れてくる。


「ぎゃあぁぁぁぁぁ! って、重! マテウス中佐! マテウス中佐ぁぁぁぁぁぁ! 助けてくださぁぁぁぁぁい!」


 このドアはとても重いのだ、立てかけられているドアに力を加えると、自分の方に倒れてきて押し潰されるという非常に性格の悪い罠である。 歯を食いしばりながらドアを支えていたファティマに、マテウス中佐は慌てて救助に駆け寄った。

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