第27話

 管制室で監視筒を覗いていた建築士くんたちは、渋面を浮かべながら唸り声を上げていた。


「予想よりも多いですね」

「先遣隊は百人近く、おそらく予備隊も同じ規模でしょうね」


 ナビアの協力で湖からの入り口の至る所に監視筒を配備したため、建築士くんたちは逐一相手の出方を伺っていたのだが、侵入してくる人数が予想以上に多かったため、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「建築士く~ん、魔族を甘く見ちゃったんじゃな~い?」

「アミーナちゃん、それは仕方がないかもしれませんよ? だってガーメール大尉はあんなにポンコツだったんですから」

「あの人は魔法至上主義だったからでしょ~? 普通はあんなに簡単に騙されないよ~。 やっぱり~、入り口にセットしてた殺傷力高めの罠をセットしたほうが良かったんじゃな~い」


 それぞれの意見を交わし合うアミーナとファティマ。 入り口の罠を考案したのはファティマだったのだが、湖からの侵入ルートにセットした罠は建築士くんの考案だ。 そのため殺傷力より時間稼ぎ、捕獲性能が高い罠になってしまっている。


「建築士殿、敵に情けは無用ですぞ? それでなくても、入り口にセットした罠ですら誰一人仕留めることができなかったのですから、あれは少し生優しすぎたのでは?」

「ピ~ピ~泣いてたマテウス中佐がよく言うよ~」

「アミーナ殿、今はそういう話ではないですから! あと、私はピーピーなどと泣きません」


 少々頬を赤らめながら言及するマテウス中佐だったが、建築士くんは張り詰めた表情で監視筒から視線を離す。


「今までこの抜け穴の存在がバレないように、入り口から入ってくるインテラル解放軍を眠らせて捕虜にするって手段は取らないようにしていました」

「そのことなのですが、やはり睡眠胞子があったのなら早々に捕虜を捕らえるべきだったと思います。 なぜそうしなかったのです?」

「抜け穴の存在に気づかれれば、相手は必ず抜け穴を探し始めます。 そうなれば湖に繋げた横穴はすぐに見つかるでしょう。 現に今こうして横穴が発見されたわけですから。 けれど、罠を整備するだけにとどめていれば、罠地帯の周囲に抜け穴や管理者がいると思い込むでしょ? そうすれば相手の意識を罠地帯に釘付けにできると思いました」


 建築士くんは湖から水を引く際、非常に迷っていた。 相手の侵入経路を増やしてしまうからだ。


 しかし、相手が罠に釘付けになってくれれば湖の中にある横穴に気が付かない。 相手には水も食料もなしに籠城している鉱夫たちだと思い込ませていれば、湖から水を引いているだなんて考えもつかないだろう。


「甘すぎましたな建築士殿。 これは戦争なのですぞ? 情けは無用です。 あなたはただ、誰かを手にかけるのを恐れているだけです。 殺傷能力が比較的高い踏爆地帯に使っている踏爆も、火薬石の量が少ないこと、とっくにわかっていましたぞ。 それに剣山だって刃を落としていました。 あんななまくらでは怪我させる程度にしかなりません」


 顔を顰めながら視線を逸らす建築士くんに、マテウス中佐は鋭い視線を向ける。


「あなたは人を殺すと言う行為を恐れているだけだ。 そんな甘さでは、このメルファ鉱山を守れません」

「ちょっとマテウス中佐! お師匠様は建築士です! 兵士ではありません! 人を殺すことを恐れて何がいけないって言うんですか!」


 マテウス中佐の指摘を聞いていられなくなったのだろう、ファティマは憤りながらマテウス中佐の肩を鷲掴みする。 しかしマテウス中佐は睨みつけてくるファティマを睨み返し、強気な姿勢で反論をする。


「事実ではありませんか。 今までは建築士殿の読み通り、相手の意識を罠地帯に釘付けにすることができていましたが、相手を追い込みすぎたのです。 罠地帯を恐れたインテラル解放軍は一か八かで抜け穴捜索を始めてしまった。 この時点で詰んだも同然ではありませんか!」

「正門でガーメール大尉を捕らえることができていれば、お師匠様のやり方でこの包囲を突破できるかもしれなかったんですよ?」

「しかし、その作戦も失敗に終わっています」

「誰のせいで失敗したと思ってるんです?」


 肩を掴んでいたファティマの拳に力が入り、鋭い眼光がマテウス中佐に迫っていく。


「城壁に雷石でもつけて、感電させていれば良かっただけです。 建築士殿の甘さが原因なのでは?」

「いいや、お師匠様は全然悪くありません。 あの時、マテウス中佐がマスクをつけて突進していれば、ガーメール大尉は睡眠胞子がばら撒かれていることに気が付かなかったはずですよね?」

「……あ」

「あなたが興奮して先走ってなければ、今頃ガーメール大尉は捕虜にできていたはずです。 そうなれば、包囲しているインテラル解放軍を脅すことだって容易かった。 戦争は終わってたかもしれないですよ?」

「あの、えーっと、その……なんと言いますか」

「もう一度聞きますよマテウス中佐。 誰の失態が原因で、事態がここまでややこしくなったと思ってるんです? お師匠様は、どこのお馬鹿さんの尻拭いをしてるんだと思ってるんです?」


 ファティマの影がさした双眸に睨まれ、マテウス中佐は明後日の方向に視線を向けながらダラダラと動揺の汗を溢れさせる。


 必死に明後日の方向に視線を向けるマテウス中佐と、鷹を射殺す勢いでガンつけるファティマ。 緊迫した状況の中、気を引き締めるかのように手を叩く音が響き渡る。


「喧嘩はそこまで~。 もう過ぎちゃったことを言い合ってもどうにもならないよ~。 そうこうしてるあいだに~、インテラル解放軍の先遣隊は潜水開始したみたいだよ~?」


 呆れたように肩を窄めながら、アミーナが監視筒を親指で指し示す。 アミーナに宥められたファティマはマテウス中佐を乱暴に突き放し、不機嫌そうな顔で監視筒に視線を戻した。 ことなきを得たマテウス中佐はほうと胸を撫で下ろす。


「建築士く~ん。 マテウス中佐の意見ももっともだと思うんだ~。 今回ばかりは本気でやばいよ~。 あの簡易罠が突破されたら町が見つかるのも時間の問題だし~、侵入してきたインテラル解放軍の先遣隊は、絶対に逃すわけにはいかないよ~」

「た、確かに。 アミーナさんやマテウス中佐の言う通りかもしれないです」

 先ほどまで黙っていた建築士くんが、空気に溶けてしまいそうな声でつぶやきを漏らす。 この窮地を招いたのは自らの甘さが原因だ。


 マテウス中佐に言われなくてもわかっていたことだったが、それでも自分は兵士ではなく建築士。 自分を殺しにくるかもしれない相手が突入してくるかもしれないと知っていても、その命を奪うような行為に踏み出す勇気がないのだ。


 俯き、葛藤に飲まれてしまう建築士くん。 しかし、


「お師匠様! 何度でも言います! あなたの今までのやり方は、間違ってなかったですよ!」


 ファティマの必死な叫びが、建築士くんの耳に突き刺さる。


「マテウス中佐がしくじっただけで、あなたのやり方は今までずっとインテラル解放軍を苦しめてきたんです! ここまで必死になって攻め込んでくるのも、お師匠様のやり方が相手を苦しめてたからなんです! だったら、ここにきてやり方を変える必要なんてないと思います!」


 気まずそうな顔でそっぽを向いていたマテウス中佐だったが、渋々と言った表情でファティマの意見に同意の頷きを見せていた。 隣でその様子を横目に見ていたアミーナはおかしそうに鼻を鳴らしている。


 建築士くんがゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐな瞳を向けてきているファティマが視界に映る。


「お師匠様なら、抜け穴に侵入した先遣隊を捕らえる、ですよね? 相手が多いなら、分断させちゃえばいいんです! ナビアちゃんの穴掘り能力と、マテウス中佐が苦戦した簡易罠なら簡単ですよね!」


 自信満々に告げるファティマの問いかけに、戸惑いながらもゆっくりと首を縦にふる建築士くん。


「よし、インテラル解放軍の先遣隊を、全員捕まえちゃいましょう!」

「聞きましたか二人とも! 作戦は全員捕縛です! 侵入してきたネズミどもを、一匹残らず締め上げて檻にぶち込むのです! さあ、私たちメルファ鉱山の恐ろしさを、怖いもの知らずのすっとこどっこいに知らしめてやりますよ!」


 意気揚々と拳を突き上げるファティマ。 テンションが上がってしまっているのか、その語調は少々荒くなっている。


 しかし、その無邪気さが、この緊迫した状況下では非常に心の支えになっていた。 気合十分で拳を突き上げていたファティマの後ろ姿をぼーっと見守りながら、心底嬉しそうに微笑む建築士くん。


「ファティマさん、あなたは最高の相棒ですよ」


 管制室の中がファティマの気合十分な鼓舞で騒がしくなっている中、建築士くんは、ボソリと誰の耳にも届かないよう、小さく感謝の言葉を漏らす。


 次の瞬間、建築士くんの目つきはガラリと変わり、纏う雰囲気は一変した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る