最終決戦

第28話

 水滴がしたたり落ちるローブを纏ったまま、ガーメール大尉は眼前に映る光景をボーッと眺めていた。


「罠、ありましたわね」

「やはり、一筋縄ではいきませんでしたか」


 となりでローブの裾を絞り、ビシャビシャと水音を立てていたブラヒムが残念そうに呟く。


 デルカルは目の前に広がる深い堀を注意深く確認しながら眉間にシワを寄せると、


「この堀の下は、なんらかの水で満たされていますね」

「ふむ、あの水はおそらく……※ビリビリ沼ですね」※熱湯です

「※ビ、ビリビリ沼ですか! でも確かに……あの悪魔たちなら、やりかねないですね」※ただの熱湯です


 青ざめるデルカル、渋い顔をするブラヒム。 ここまでの罠地獄で散々な目にあってきたインテラル解放軍は、どうやら相当悲観になっているようだ。


「ここはおそらく、身体能力が低い我々魔族を、確実にこの沼に落として※虐殺するのを目的にした罠です」※違います

「ななななんて恐ろしい! ※投石の恨みを、ここで晴らそうって根端ですね!」※そんな事考えてません


 二人の会話を聞いていたガーメール大尉は青ざめた顔で固まっている。


「大尉、おそらくここを通るためには、この狭い壁に両手両足を突っ張らせながら進むしかないようです」

「そんな! わたくし、自慢ではありませんが自分の体重を支えられるほどの腕力はありませんわよ!」


「これは魔族を※確実に殺すための処刑場です。 我々は貶められております」※物騒な勘違いはやめてください

「※しょ、処刑場……メルファ鉱山の悪魔たちは、なんて無慈悲なのでしょう!」※ただの罠です


 ブラヒムは後方に控えた部下たちを総覧する。 ガーメール大尉同様、部下たちの顔も真っ青になっていた。


 すでに士気はどん底まで落ちている。 しかしブラヒムは、その様子を見ておかしそうにほくそ笑む。


「ふふ、小賢しい。 この罠も、壁や床など、至る所に鏡鉱石板が仕込まれていると考えていいでしょうね。 つまり、魔法で地形変動や土の橋を作成すれば、たちまち魔法が跳ね返されて最悪の場合我々は生き埋めにされます」

「そそそ、そんなぁ。 あんまりですわ!」

「しかし! 魔法が跳ね返されるのは鏡鉱石板に触れた時だけです」


 ブラヒムが余裕な笑顔を浮かべながら、ぷるぷると震えていたガーメール大尉たちに正対する。


「つまり、壁や床に触れないように魔法を使えばいいのです!」


 ブラヒムの言いたいことがわかったのだろう、デルカルはすぐさま堀のすぐ近くに移動する。


 「見ていてくださいガーメール大尉、運動神経が悪い魔族でも、この※処刑場を容易に攻略してみせます」※だから、ただの罠ですってば


 ブラヒムは自信満々の笑みでデルカルの前に立つ。 すると、何を血迷ったのかデルカルが突然屈んで地面に手甲をつけた。 ブラヒムは得意げに両手を開きながら、優雅な所作でデルカルの掌の上に乗る。


 その謎の光景を見守っていたガーメール大尉や後方に控えている精鋭魔族たちは、ポカンと口を開いている。


「さあデルカル! 私を向こう岸まで運びなさい!」

「お任せくださいブラヒム様! 新魔法、魔族キャノン! 風と共に跳んで下さい!」


 狭い通路に突風が吹き荒れる。 突風と共に勢いよく吹き飛ばされるブラヒム。 そして、両腕を勢いよく振り上げたデルカル。


 デルカルは風魔法を得意とした極級魔導士。 人一人を吹き飛ばす程度、容易に可能だ。 デルカルが収縮した風に吹き飛ばされ、ブラヒムは両手を広げ、演目を終えたオーケストラの指揮者のような佇まいで宙を舞う。


 その少し間抜けな光景を、キラキラと輝いた瞳で見守るガーメール大尉たち。


 やがて空を飛んでいた、もとい、風で吹っ飛ばされたブラヒムが向こう岸に辿り着き、着地に戸惑ったブラヒムが、両手両足をばたつかせながら思わず悲鳴を上げ始めた。


「ぎゃ! うわぁぁぁぁぁ! 着地、着地ってどーやるんどぅべしゃ!」


 沈黙。


 そして、鈍い着地音が狭い通路に反響する。 すると、ゆっくりと立ち上がるデルカル。


「え、えーっとまあ、このように。 魔法を床や壁に当てないよう、我々自身にかけてしまえば鏡鉱石は怖くないのです」


 何事もなかったかのように解説を始めたデルカルだったが……


 ガーメール大尉たちは、余計に青ざめた。

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