第29話
擦り切れたローブで細い通路をのっそりと歩くインテラル解放軍の先遣隊。 あるものは足を引きずり、あるものは肩を押さえ、そしてあるものは頭部に大きなたんこぶをつけていた。
風魔法が使える先遣隊によって吹き飛ばされた面々が、見事着地に失敗してつけた名誉の傷である。
「第一関門は大した脅威ではありませんでしたね」
たんこぶを取り付けていたブラヒムが涙目で足を引きずっているガーメール大尉に語りかける。
「悪魔どもの罠より、にこやかな笑みで接近してくるデルカルの方が怖かったのですわ」
「申し訳ありませんガーメール大尉。 なんだか少し、楽しくなってしまいまして……」
肩を押さえながら遠慮がちにほくそ笑むデルカル。 後ろに続く魔族の精鋭たちも、既に疲れ切った表情で足を引きずったり頭をさすったりと、既に満身創痍に近かった。
ちなみに風魔法を使える魔族たちは、自分自身に風魔法を使用して空を飛んだ。 もはや自傷行為に近い無茶振りである。
そんなボロボロの魔族軍が、次の関門へと辿り着く。 ここはマテウス中佐とファティマが大泣きしながら文句しか言えなかった三つの扉が待ち受ける場所だ。
大部屋を目の前にしたブラヒムの目つきが急に鋭くなり、後ろに続いていた兵士たちを慌てて静止させる。
「怪しい部屋を発見しました! デルカル! 斥候部隊はこの部屋の床や壁に罠がないかを調べよ!」
「か、かしこまりました!」
ブラヒムの号令に従い、デルカルを先頭にした斥候部隊が恐る恐る前にでる。 すると斥候部隊は四つんばえになり、恐る恐る進む道の床を撫でながら少しずつ進み始めた。 床を撫でながら慎重に進んだおかげで安全な床がわかったらしい、斥候部隊の半分はそのまま床を撫でながらゆっくり部屋の中に入り、残りの半分は壁に優しく手をかけて上から下まで慎重にさすったり、手甲でつつきながら進む。
こうして三十分近くかけて部屋全体の安全を確保すると、先遣隊は全員で部屋に入る。 百名いる先遣隊全員は入りきらず、急遽ブラヒムは先遣隊を三隊に分けた。
斥候部隊中心の第一陣、合計三十三名。 それでも第二関門の部屋は八畳程度しかない、半分以上は通路で待機する羽目になっている。
この第一陣にはガーメール大尉とブラヒム、斥候部隊の隊長であるデルカルも加わっており、謎の部屋に入って注意深く周囲を確認するブラヒム。
「ブラヒム様! この看板に書かれている通り、おそらくこの部屋のどこかに次の部屋に行くための通路があるかと思います!」
「それなら私も読んだのだが、妙ですね」
「妙? とは?」
「シンプルすぎる。 あの悪魔がこんなにシンプルな罠を展開するとは思えません」
鋭い目つきで部屋の奥にある三つの扉を睨み付けるブラヒム。
「この扉、十中八九偽物でしょうね」
「ですが、怪しいのはこの扉しか……って! ガーメール大尉! 勝手に触っちゃダメです!」
ブラヒムとデルカルが用心深く部屋の観察をしている中、なんの躊躇も無く真ん中の扉に近づいていくガーメール大尉。 デルカルが慌てて彼女の行動を止めようとしたのだが、どうやら手遅れだったようだ。
「アババババババババ!」
「ガーメール「大尉!」」
ブラヒムとデルカルの叫び声が部屋の中に反響し、背後に控えていた精鋭魔族たちがかなりの動揺を見せる。
ドアノブに触ったガーメール大尉が全身を高速振動させながら青白く輝いている。 耳をすませば、ガーメール大尉のうめき声の中からバチバチと稲妻が迸るような音も聞こえてくる。
点滅する電球のように、時折骸骨に見えてしまうガーメール大尉を見たブラヒムは、その罠の凶悪さを一瞬にして見抜いた。
「※感電死させるつもりか!」※死にません
「なんて※残酷な!」※そんなことありません
「今すぐ救出しなければ!」
ブラヒムの号令に従い、斥候部隊の魔族たちが慌ててガーメール大尉に触れるのだが、ガーメール大尉に触れた瞬間、稲妻が伝染していくように次々と青白く光りながら呻き声を上げてしまう精鋭魔族たち。
「無闇に触ってはならん! 風魔法で吹き飛ばせ!」
もはや容赦のかけらもないブラヒムの言葉で、デルカルが感電していた魔族たちを風で吹き飛ばし、壁に叩きつけた。
カエルのような格好で壁に張り付くガーメール大尉や精鋭魔族たち。 一件落着とでも言いたそうな、安心しきった表情で額に浮かんだ汗を拭うブラヒム。
すると、ガーメール大尉たちが壁に叩きつけられた衝撃で部屋の隅に立てかけられていた看板がバタンと倒れた。
突然響いた乾いた音に、部屋の中にいたものは全員魔法を念じながら臨戦体制をとる。
「なんだ! なんの音だ!」
「い、一体どんな罠が!」
「何かの作動音か? 全員最重要警戒体制で待機せよ! 絶対にその場を動くんじゃない!」
ブラヒムの切迫した声に従い、まだ動ける精鋭魔族たちはゴクリと喉を鳴らし、注意深く眼球運動で部屋の隅々まで視線を動かす。 すると、
「ブラヒム様! あの看板の裏に何やら隠し通路のようなものが!」
デルカルが隠し通路の存在に気がついた。 が、
「そんなわかりやすい通路、※偽物に決まっているだろう!」※本物です
ブラヒムが有無を言わさず否定した。
「なるほど、ここが※正規のルートだと勘違いさせ、我々を非情な罠に嵌めるという作戦ですか!」※正規のルートです
「さすがデルカル、まさにその通りだ! そんな※わかりやすいところにある隠し通路など、我々がまんまと引っかかるとでも思っていたか悪魔ども! まったく、随分と舐められたものだな」※わかりやすくてごめんなさい
「卑劣な悪魔どもめ! ということは、正しい通路はこの※ドアの中のどれか?」※そっちが偽物です
「※そういうことだ、慎重に調べるぞ!」※残念でした違います
引き締まった顔でゆっくりと頷くブラヒムとデルカル。 二人の慎重すぎるやりとりを聞いていた魔族の精鋭たちは、それぞれキラキラしたような笑顔で、
「さすが参謀様!」「やはり斥候隊長は格が違う!」「これがガーメール大尉の右腕と左腕!」「かっこいい!」
などと各々が感動の声をあげていたのだが、この数時間後に幻滅する事になることなど、彼らは知らない。
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