第26話

 インテラル解放軍が探索を開始してから三日が過ぎた頃、ガーメール大尉の天幕内に駆け込む一般兵が一人。


「伝令! 伝令! 失礼いたしますガーメール大尉! 湖の中に怪しい洞穴を発見いたしました!」

「怪しい洞穴ですって? すぐにブラヒムを呼んできなさい!」


 ガーメール大尉の命令を受け、伝令にきた兵士は慌ててブラヒムを探しに行く。


 メルファ鉱山攻略までの猶予が七日に迫ったインテラル解放軍は、罠が大量に仕組まれた正面からの一本道攻略を断念し、山の周囲を探索して新たな抜け道を探していた。


 魔物がうろつく山の周辺を探索するため、参謀のブラヒムが立てた策はこうだった。 まず、本陣の左右から魔物の殲滅だけを目的にした大部隊を二隊同時に出発させ、探索地域の魔物を殲滅する。


 殲滅に成功したエリアから、探索だけに重点を置いた部隊を進ませ、その護衛に殲滅隊とは別の兵士を徘徊させた。 これにより魔物との戦闘と探索を効率よく進め、たった三日でメルファ鉱山までの抜け道を発見することに成功した。


 伝令の兵士に呼ばれたブラヒムがガーメール大尉の天幕に姿を現し、遅れて斥候のデルカルも会議に参加する。


「報告によると、洞穴が発見されたのはメルファ鉱山西北に位置するこの巨大湖の中ですわ、洞穴があるのは山に面した場所、発見した兵士が中を確認したようですが、ずいぶんと奥まで続いているようでしたわね」

「あ、えーっと。 現在は私の部下に探索させています。 数時間後には探索結果を伝えにくるはずです」


 自信なさそうに報告をするデルカル。 本人は消極的だが、斥候であるデルカルの部下たちなら探索にそう時間は取らないだろう。 なぜならデルカル中心に編成された斥候部隊は魔法の扱いが器用で、辺りの地形を把握したり索敵したりすることを得意とした魔族が多いのだ。 デルカルに関しては索敵だけでなく戦闘力も非常に高く、ガーメール大尉の右腕とされているほどの信頼を得ている実力者。


 探索だけならばそう時間はかからない。 問題点としては、


「湖の中ですか」

「そうですわね。 この部隊には風魔法の極みに達している兵士は何名ほどいますの?」

「私の記憶ですと、おそらく百名に満たないかと……」


 ブラヒムの言葉を聞き、ガーメール大尉は眉間にシワを寄せる。


 魔法には実力に応じて使えるランクが存在する。 ガーメール大尉が使用する極大魔法は魔法の最高峰であり、普通の兵士なら中級魔法が使えればいいとされている。


 戦闘に活用できるレベルの魔法が中級、ベテランとなると上級、そして達人の領域である超級、天才だけが使えると言われる極級。 そして、魔法の最高峰と言われる極大級。


 五つのランクのうち、兵士になるためには中級魔法は必須とされている。 メルファ鉱山を包囲する十万の兵士たちは、全てこの中級魔法を使用できる。 しかし天才しか使えないとされる極魔法を使えるものは、一割未満。 さらにその中から、五大属性の風を得意とする魔族を選別するとなると百名しかいないのだ。


 湖の中にある洞穴を探索するために、風属性魔法を得意とする魔族を集めなければならない理由は一つ。


「空気の泡を作れるようになるのは、極魔法の領域にいないと不可能でしたわね」

「酸素の濃度を操る領域ですからな」

「弱りましたわね、突入するとしても、その百人全員を連れていくわけにはいきませんものね」

「せいぜい半分を連れて行き、先遣隊が戻らなかった時のために稼働させる予備隊が必要になるでしょう。 最低でも二隊に分ける必要があるかと……」


 頭を悩ませるのは突入する際の問題だった。 水の中にある洞穴だ、突入するにしても長時間息を止めていないと突入できない。 水属性魔法を得意とする魔族に湖の水をどけてもらうためには、おそらく水属性の超級魔法を得意とする魔族が数万単位で必要になってしまう。 そうなると包囲網が崩れるだけでなく、パワーバランスが著しく低下する。 現実的に考えれば、向かわせることができるのは風属性の極魔法が使用できる少数精鋭のみ。


 細かな魔力操作をすることができるのは極魔法に達したものしかいない。


「風の極魔法を使えるものとペアになって突入できるのなら、倍の人数は向かえますが」

「それでもせいぜい二百が限界ですわね」


 不安そうな顔で地図と睨めっこを始めるガーメール大尉。 しかしここで足踏みしていると、後方から本軍が到着してしまい、総司令官にメルファ鉱山を攻略できてない事実がバレてしまう。


 早とちりしたガーメール大尉は、投石してメルファ鉱山に住む住民を皆殺しにしたと思っていたのだが、残念ながらメルファ鉱山の住民は全員生きていたのだ。 彼女たちは全く知らないだろうが……


「悩んでいても仕方がありません。 少数精鋭、最強の部隊を送り込み、即座に制圧するほかないでしょう」

「そうですわね。 わたくしも風魔法は使えませんから、誰か他のものに連れて行ってもらうしかありませんわ」


 ガーメール大尉は、隣で肩を窄めているデルカルに視線を送った。


「わたくしを運ぶのは、あなたにお願いしたいですわ!」

「も、もちろんですガーメール大尉。 私の力がお役に立てるなら、これ以上の喜びはありません!」


 自らを奮い立たせるように、何度も頷くデルカル。 斥候のデルカルが得意とするのは風魔法、無論極みの領域に達している。 そして何よりも得意とするのは空気圧の調整だ。


 自らの周辺にある空気から窒素と二酸化炭素、酸素を分離させて操作することができる。 この能力を使えば、ミラーシールドを持った兵士が相手でも余裕で制圧可能だ。


 なんせ魔法を跳ね返すミラーシールドは、直接的な魔法攻撃にしか関与できないからだ。 ミラーシールドを持つ兵士の周辺から酸素を抜いてしまえば、たちまち一酸化炭素中毒で意識を失う。


 デルカルはガーメール大尉の陰に潜んだ実力者。 唯一の弱点は、酸素濃度を操る際にかなりの時間がかかってしまうことくらいだが、彼女は灰燼公ガーメール大尉の右腕。 いつもそばにはガーメール大尉がいる。 普通の兵士なら近づくことすらできないだろう。


 酸素濃度を操れる彼女がいるからこそ、ガーメール大尉の炎は勢いを増すのだ。 この二人が揃ってしまえば、どんな強力な敵が立ち塞がったところで恐るに足りない。


「ブラヒム、先遣隊にはあなたも参加しなさい。 わたくしたち三人が揃っていれば、相手が何人いようと怖くはありませんわ!」

「ええ、むしろ罠さえなければ、メルファ鉱山に駐屯している兵士たちなど一息で蹴散らせるでしょう」

「ええ。 罠がなければ、の話ですわね」


 ゴクリと息を飲み、お互いの顔を見つめあう。


「おそらく湖から水を引いているのなら、罠は設置できたとしても簡単なものになるのではないですか? でないと、水を調達するたびに罠地獄を攻略することになってしまいます」

「それどころか、私たちが湖から侵入すると考えていないかもしれません! 罠がある確率は極めて低いかと……」


 ブラヒムとデルカルの意見を聞き、ガーメール大尉は大きく息を吸うと、


「確かに、罠がない可能性もありますわね。 罠がなければ我々の勝利は確実。 もし罠があったとしても、おそらく今までの罠よりも容易に攻略できるような罠でしょう。 ですが、油断するわけにはいきません! なんせ相手はあの罠地獄を作った悪魔たち、容易に我々の想定を超えてくるに違いありません!」


 ガーメール大尉の鼓舞を聞き、ブラヒムとデルカルは自信に溢れた瞳で強く頷いた。


「作戦決行は明朝、日の出と共に湖に潜水開始いたします。 くれぐれも油断は禁物、気を引き締めて参りますわよ!」

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