第2話

その頃、メルファ鉱山のとある研究室


「さすがはお師匠様です! これはとっても画期的なアイテムですね!」

「いやいや、褒めるのは僕じゃあなくてアミーナさんですよ? この繊細な加工をできるのは鍛冶精霊であるアミーナさんくらいにしか無理ですから」

「またまた~。 建築士くんはいっつも謙遜ばっかりだね~。 作ったのはあたしかもしれないけど~、仕組みを考えたのは建築士くんでしょ~」


 薄暗い室内で朗らかな雰囲気を纏い、少年少女が談笑していた。


 アミーナと呼ばれたのは小学校低学年並みの背丈をした少女。 彼女はやれやれと肩を窄めながら手のひらを返している。


 炎色の長い髪を三つ編みでおさげにまとめたその少女は、汚れたエプロンの下にラフなTシャツ一枚と、デニムのショートパンツしか着ていない。 腰にはさまざまな形をした金槌や工具がぶら下がっており、土色のエプロンにはそこかしこに炭を擦り付けたような汚れがついている。 見た目にそんなに気を使っていないのか、ほんのりと機械油の香りを漂わせていた。


 身長の割には大人びたような余裕を見せており、喋り方は聞いているだけで眠くなってしまいそうな間伸びした声音。 隣で目を輝かせていた少女はアミーナの指摘を聞き、同意するように何度も頷いた。


「アミーナちゃんのいう通りですお師匠様! 確かにアミーナちゃんがいなかったらこの道具を作ることはできなかったですが、こんな発想を思いつくこと自体すごいのです! 発想がなければこんな素晴らしい道具、造れないのですから!」

「ファティマちゃん? 興奮しすぎだよ。 一回落ち着こうか?」


 徐々に接近していた少女にドードーと両手を向ける青少年を見て、隣で傍観していたアミーナはニンマリと口角を歪めた。


「ファティマちゃ~ん、どさくさに紛れて建築士くんを押し倒そうとしてるのかな~?」

「な! 何を言ってるんですかアミーナちゃん! 私はそんなふしだらなこと考えてたりなんて!」

「顔、真っ赤だぞ~?」

「あっ! アミーナちゃん!」


 顔を真っ赤にさせながら地団駄を踏んでいるのはファティマと呼ばれている少女。 ニンマリと人を小馬鹿にしたような笑みで走り回っているアミーナをムキになって追いかけ回している。


 燻んだ桃色の髪をふんわりと丸みを帯びたボブにカットしており、遠くから見ても目立つような朱色のつなぎに、紺色のパーカーを羽織っている。 作業バックを腰からぶら下げており、ドライバーやスパナといった工具の他、トンカチが数種類ぶら下げられていた。


 ファティマが走り回るたび金属の擦れる音が狭い部屋の中に響き渡る。


「ほらほら二人とも? 追いかけっこしてないでこのランタンの型取りと設計図を早く作っちゃおう。 これを量産すれば松明はもうおさらばだからね!」

「「はぁーい」」


 中肉中背の特徴といった特徴があまりない青少年が二人を宥めるように声を上げると、追いかけっこをしていた二人は素直に作業を開始する。


 短い墨色の癖毛、耳上にはいつも炭を細長い円筒状に固めた筆記具を引っ掛けており、腰からだらりと下げられた工具バックにはドライバーやノコギリ、トンカチの他に複雑な形をした工具をぶら下げている。


 この町では建築士くん、または建築士さん、ごく一部からはお師匠様などと呼ばれているその青少年は天才的な設計士だ。


 メルファ鉱山を鉱山街にするために派遣された彼は、次々と画期的な設計図を作り出した。 鉱山街の見た目と守りを万全にすると同時に、鉱山防衛に貢献するさまざまな仕組みや道具を設計した天才中の天才。


 この街にある建物は全て建築士くんの設計で作られている。 正門も一般家庭も鉱山の休憩所も、彼が設計したあらゆる建物や道具は全て常識を破壊するほど便利で強力なものだった。


 例えば先ほど開発されたランタンという道具。 これは雷石を加工して炎なしで明かりを灯すことができるアイテムである。


 雷石とはその名の通り、空気と接触することで電気を発生させる特殊な鉱物。


 この世界は基本的に夜になると蝋燭や松明に炎を灯して照明をとっているため、現在包囲されているメルファ鉱山では蝋燭や松明の残りがあまりない。 そのため建築士くんは蝋燭も松明も使わずに灯りを灯すための道具を設計したのだ。


 電気を発生させる雷石を使い、耐熱性が高い鉱石を薄く伸ばした物に雷石が発生させた電気を流すと、高熱を発すると共にほんのりと光を放つ。 この発明のおかげでランタン一つあれば、部屋中を明るくすることができるようになったのだ。


 ただ、この機械は耐熱性が高い鉱石に電気を流すことで、ものすごく高い温度の熱を放ってしまうため、光を放つ部分から火が出ないよう真空にしなければならない。 この難しい製造工程を鍛冶精霊のアミーナが見事に成功させたのだ。


 アミーナは建築士くんの設計がすごいからだと言ってはいたが、建物以外の発明には手先の器用な鍛冶精霊であるアミーナの技術による支援が大きかった。


 鍛冶精霊とはさまざまな国家に細々と生息する希少な人種であり、魔族至上主義であるインテラル共和国には鍛冶精霊は在籍していない。 他の種族には真似できないような細かな工作を得意としているが、その身長は成人していても150センチ以下。 平均身長は驚異の120センチである。


 十万の兵に包囲されているはずのメルファ鉱山は、設計士の建築士くんと鍛治精霊のアミーナ。 この二人のおかげで平和な時を過ごしているのだ。

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